招かれるまま家に上がると、リビングに以前来た時にはなかったパイプ椅子が二つ置かれていた。
美夜
あんまり家の中のもの触らないでね
美夜
警察が現場検証した時のままになってるから。
よく見ると、警察がちひろの件を調べたと思われる痕跡がいくつかあった。
瑠衣
……座るのは良いの?
美夜
どうぞ。あなたとお話しするために用意したんだから
彼女は不気味な廃墟には場違いなほどくつろいだ様子で、微笑みさえ浮かべている。
美夜
……どこから話そっかな。
美夜
まず、この家のことから?
美夜
この家はね、今でこそボロボロの廃墟だけど、昔はとっても綺麗な洋館だった。
美夜
イギリス人の建築家だった祖父が建てたの。
美夜
彼は日本を旅していてね。
美夜
どういう経緯か、秘境の神社の巫女と恋に落ちた。
美夜
二人は双方の実家から猛反対されながら、駆け落ち同然の結婚をした。
美夜
そしてこの街まで逃げて、立派な家を建てられる程度に身を立てて、子供もできた。
美夜
それが私のお父さん。
美夜
けれど、父が生まれてから、跡継ぎを欲しがった祖母の実家が祖父母の生活に介入するようになった。
美夜
二人の裕福な暮らしが気に食わなかった祖父の実家と結託してね。
美夜
執拗な嫌がらせが何年も続き、ある時祖父は家の中で首を括ってしまった。
美夜
ちょうどこの部屋の、あなたが座ってる辺りだったらしいよ。
瑠衣
‥‥い、今更、そんな話で怖がらせようとしても……無駄、だからね……
美夜
あははっ
去勢を張ったが足は震えている。それを嗤われているようで不快だった。
美夜
それで、怒った祖母は夫を殺した奴らのために、死の呪いを編み出した。
美夜
すぐに溺死しないよう工夫した状態で家の井戸に身を投げて、自ら考えた呪詛を死ぬまでひたすら唱え続けた。
美夜
冷水に浸りながら、飲まず食わずでずーっとね。正気じゃないでしょ?
美夜
結果、呪いは成就した。
美夜
祖父を自殺に追いやった親族連中は、次々と死んでいった
美夜
でも、それだけじゃ終わらなかったの。
美夜
祖母は強い神通力を持つ巫女だった。
美夜
呪詛の言霊によって力は反転し、強い呪いとして家に染み付いた。
美夜
そうして、この家は「呪われた館」になった。
瑠衣
(信じられない話だけど……)
瑠衣
(それほどの強い呪いがあったから皆死んじゃったんだ……)
美夜
それを継いだ父は、祖母の作った呪詛の言葉を全て書き残していた。
美夜
人を呪う手順もね。
瑠衣
……あなたは、それに従って私たちを殺そうとしたの?
美夜
んー、まぁ、そうだね
美夜
とりあえず最後まで聞きなよ
美夜
その1、対象にできるのは呪いの館に足を踏み入れたことのある人間のみ。
美夜
その2、「この館に命を捧げます。引き換えに呪いの力をお与えください」と言ってから、術者は館の敷地内のどこかで死ななければならない。
瑠衣
えっ!?
瑠衣
(それじゃあ……呪いをかけた人間は死んでるはず、ってこと?)
瑠衣
(一体誰が……)
美夜
その3、術者は死ぬまでの時間、呪いたい相手を念じながら呪詛を唱え続ける。
美夜
殺したい相手が複数人いる場合、人数分の呪詛を最初から最後まで詠唱しなければ呪いは完成しない。
美夜
その4、術者の死後、対象者に呪われたことを自覚させなければならない。
瑠衣
(これは、最初に来たメールのこと……?)
美夜
その5、任意のタイミングで、呪いにつけた名前を対象者に伝えることによって完成する。
美夜
「おばあちゃんの呪い」とか「ママの呪い」とかね。
美夜
また、呪詛の音声を一部でも聞かせることができれば、呪いの効果を高めてより早く死に至らしめることができる。
美夜
だから、何度も電話してたの。
美夜
なるべく早く済ませたかったから……
美夜
ここまでで質問はある?
瑠衣
……冬原さんは、手順4と5のためにずっと呪いのメールとかを送ってきたってこと?
美夜
そうだよ。
美夜
この呪いには、命をかけて呪いを生み出す術者と、術者の死後それを対象者に届けるメッセンジャーが必要だからね。
美夜
私はメッセンジャー。
美夜
父が強盗犯を呪殺したときと同じようにね。
美夜
……あの時は大変だったよ
美夜
私はまだ子どもで犯人が誰かもわからないし、警察は何も教えてくれなかったから。
美夜
インターネットで、犯人が自分のことって分かるよう事件に関する詳細な書き込みをして、
美夜
「巫女の血を引く父が犯人たちを呪った」って広めたんだ。
美夜
そしたら家が曰く付き物件として有名になったから、「呪讐の館の呪い」って名前を添えたの。
美夜
そうやって、父のかけた呪いは完璧に発動した。
美夜
お分かり?
しかし、彼女の目は全く笑っておらず、怒りと憎しみに満ちていた。
瑠衣
……呪いのシステムについてはよく分かったよ。
瑠衣
じゃあ、私たちを呪うためにここで死んだのは誰なの?
美夜
誰だと思う?
美夜
ヒントはスマホの持ち主。
美夜
ロック画面、見たんでしょ?
美夜
加藤さんの家に届いた小包のこと。覚えてる?
瑠衣
…………
瑠衣
(忘れられるわけがない。)
瑠衣
(あれは、ちひろの……)
美夜
あのスマホは、ちひろちゃんのお母さんのものだよ。
瑠衣
…………ハッ!!
美夜
今もまだ、庭の井戸の中にいる。
美夜
告別式の夜、枯れ井戸の中で首を刃物で切った。
美夜
スマホを握りしめて、呪詛を録音しながらね。
瑠衣
あっ……あぁっ…………
瑠衣
(やっぱり分かってたんだ、全部……)
全身に冷たい汗が流れ、手足の震えが止まらなくなった。
美夜
彼女が腐敗する前に全て終わらせたいから、こうしてあなたと話してる。
美夜
ちひろちゃんの事件の現場検証は終わってるけど、遺体が警察に見つかるのも時間の問題だし。
美夜
私が自由に動けなくなる前に決着をつけたいんだ。
何か言わなければいけないはずなのに、口の中が乾いて言葉が出てこない。
美夜
ちひろちゃんのお母さんはね、本当はお通夜の時にあなた達4人を皆殺しにして自分も死ぬつもりだったの。
美夜
それを私が止めた。
美夜
衆人環視の中だったし、1人で4人殺し切るのは無理だからって。
美夜
代わりに、この呪いを教えてあげた。
美夜
失敗した時は私が責任を持って全員殺します、って約束したら、安心して逝ってくれたよ。
瑠衣
あっ……あ、あっ
瑠衣
ご、ごめ、
瑠衣
ごめん、なさい……
美夜
何に対して謝ってるの?
美夜
呪殺される原因に心当たりがある?
冬原さんは、私を嘲るように唇だけでにんまりと笑った。
美夜
あるよねぇ
美夜
だって、あなた達4人が
美夜
ちひろちゃんを殺したんだから