テラーノベル

テラーノベル

テレビCM放送中!!
テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

早苗

あなた方のような素敵なご夫婦が

早苗

お隣に引っ越してきてくれるなんて!

早苗

嬉しいわ、是非お友だちになってくださいね!

見るからに人懐っこいおばあちゃん

早苗さんと知り合ったのは

私たちが夫婦になって、初めて借りた家に引っ越したその日だった。

早苗さんの家はお屋敷と言っていいほど大きな家で

私たちは格安の狭小住宅。

最初は嫌味で言われているのかとも思ったけれど

なにかあるたびに親身に相談に乗ってくれる早苗さんと

年齢を気にせず仲良くなるのに時間はかからなかった。

千明

はー、早苗さんの家って極楽ー

千明

美味しいお茶に美味しいお菓子

千明

広いテラスまであるんだもん

早苗

気に入ってもらえて嬉しいわ

早苗

でも千明さん、充分幸せそうじゃないの

早苗

ご主人は優しくて家事も協力的だし

早苗

家にだって不満はないんでしょう?

千明

そりゃあそうですよー

千明

うちの旦那は胸張って人に紹介できる人だし

千明

二人だけで住むなら、あの家で充分!

千明

でも、それとこれとは違うんだよなぁー

早苗

千明さんたら、欲張りさんなのね

早苗

……だけど、その気持ち分かるわ

早苗

側にあると、つい手を伸ばしたくなるのよね

千明

そう、そうなんですよ!

早苗

ふふっ

早苗

一緒ね、私たち

早苗

あぁ、そうだわ!

早苗

先日、美味しいチョコレートをいただいたの

早苗

持ってくるわね

千明

え、いいんですか!?

早苗

もちろん!

早苗

今まであのお宅に住んだご夫婦は多いけど

早苗

皆さんすぐに引っ越してしまうから――

早苗

こんなに仲良くしてもらえて嬉しいのよ

早苗

遠慮なんかしないで、是非食べてみて

千明

ありがとうございます!

早苗

すぐ戻るから、ここで待っていてね

千明

はーい!

早苗さんがテラスから姿を消すと、秋の高い空だけが見える。

今日は少しだけ、風が冷たい。

ぶるっと震えた私は、すこーしだけ。

お茶を飲みすぎたことを反省した。

千明

やだな、寒くなるとお手洗いが近くなって……

千明

お手洗い、どこだっけ

千明

……少しくらい歩き回っても、怒られないよね?

しんと静まり返ったお屋敷の中は、ちょっとだけ不気味だ。

千明

前に一回借りたことがあるけど……

千明

どこだったっけ、思い出せないよー

千明

あ、突き当たりのドアだっけ?

千明

お邪魔しまー……

開くと、そこは甘い香りのする暗い部屋。

しまった、間違ったと思ったけれど

廊下の照明で照らされた不思議な内装に

興味を惹かれて足を踏み入れてしまった。

千明

なに、これ

壁一面に、ずらっと展示されたガラスケース。

本の中でしか見たことのないような光景に

思わず目を奪われた。

千明

芋虫の標本?

千明

こんなにたくさん……

千明

早苗さんってこんなの興味あったんだ

千明

ちょっと意外――

そこまで言って、違和感に言葉を忘れる。

芋虫のお尻近くには、必ず模様が入っていた。

胴をぐるっと一周する、細い線。

それが一瞬光ったように見えて、

蓄光する模様なのかと近くに寄って見た。

 

そして、私は後悔する。

 

千明

ヒッ――!!

それに気付いた瞬間、足の力が抜け落ちた。

腰が抜ける、というのはこれなんだろう。

尻餅をついた体が、言うことを聞いてくれない。

そして目は

大量に飾られた【薬指の標本】から

そらすこともできなかった。

千明

なに、これ……

40年前の日付、佐藤ご夫妻

浮気者のお二人

その翌年、梶野ご夫妻

前向きなお二人

そのまた翌年、立川ご夫妻

家庭内暴力が絶えないお二人

……

標本箱に2本ずつ納められた薬指には

その指の持ち主の名前と

どんな関係の夫婦かが

几帳面にメモされていた。

それが、恐らく40年分、ここにある。

まるで夫婦の見本市。

完全に狂気しか感じない室内の威圧感に

押し潰されそうになっていたときだった。

早苗

千明さん、こんなところにいらっしゃったのね

突然の声かけに体が跳ねる。

いつもの穏やかな声。

なのに今の私には、それは恐ろしい声にしか聞こえなかった。

無数の薬指が飾られた部屋の中で

にこやかに振る舞える神経が

私にはわからない。

千明

さな、早苗、さん

早苗

あらあら、お手洗いを探していたのね

早苗

気が付かなくてごめんなさい

早苗

掃除は気にしないでね、馴れているのよ

早苗

どんな方でも、必ず

早苗

切るときに漏らしてしまわれるものだから

逆光の中で薄く開いた早苗さんの目は

私を見下し、嗤(わら)っていた。

千明

――っっ!!

千明

ごめんなさい、早苗さんごめんなさい!

千明

ここのことは絶対に言いません!

千明

見たことも忘れます!

千明

だから……!

早苗

まぁまぁ、どうしたの急に

早苗

泣かないでちょうだい、大丈夫よ

早苗

なにも怖いことなんてないわ

 

早苗

あなたの幸せな夫婦生活は

早苗

きちんと私が夢に見てあげるから

 

とたん、とても強い衝撃が頭を揺らした。

視界が赤黒く濁る。

痛みさえも曖昧なまま――

私は、意識を手放した。

手元灯がついた卓上には真新しい標本箱と

血抜きされ、防腐処理が施された薬指があった。

老女はそれを楽しげに、針でそっと留めていく。

爪まで綺麗に手入れされた指を納めながら

老女は歌うように口を開いた。

早苗

私の家は、旧家だったから

早苗

両親がとても厳しくてねぇ

早苗

とても恋愛なんてさせてもらえなかった

早苗

だから愛するってことがよくわからなくて……

早苗

愛もないのに結婚などしたくないと

早苗

見合いや縁談を蹴っていたら

早苗

両親にも見放され、この家だけを与えられた

早苗

そんなときだった

早苗

お隣に引っ越してきたご夫婦が気になったのよ

早苗

皆さん色々な思いを抱きながら

早苗

夫婦として生きている

早苗

左手の薬指がまぶしかった……

早苗

そのとき思ったの

早苗

この指を納めた標本を作れば

早苗

想像の世界でくらい、人を愛せるのじゃないかって

早苗

皆さんあまりに複雑な感情をお持ちだから

早苗

まだ愛がどんなものか分からないのだけど――

早苗

様々なご夫婦になれるのが楽しくてねぇ

早苗

秋になると、収集癖がうずくようになったの

早苗

さぁ、できたわ千明さん!

早苗

互いに心から愛し愛されたご夫婦

早苗

また一つ、私を楽しませてくれる想像の種になった

早苗

あなたのご主人なら、きっと

早苗

あなたを探しに来てくれるわ

早苗

――すぐ並べてあげるから、寂しがらないでね

にんまりと歪んだ笑みを浮かべたまま

シワだらけの指が標本箱の蓋を閉じる。

防腐液の甘い香りが満ちる室内で

誓った愛を切り落とされた指輪だけが

悲鳴をあげるように煌めいていた。

過去のコンテスト参加作まとめ

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

1,004

コメント

37

ユーザー

とても読みやすい文章で、面白かったです😃 早苗さんの人当たりの良さと、恋愛に対する執着のギャップが怖いですね💦 仲の悪い夫婦が狙われるのかと思ったら、そもそも、恋愛感情がわからないんですね…。悲しい。

ユーザー

これは嫌な収穫の秋ですね…

ユーザー

時々ドキッΣ(; ゚Д゚)とすることやあ、この話しシンプルに好きなど色々思いましたが一番の感想は夫妻ですね…… 私も除かれないように気を付けよう……(*''*)

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚