早苗
早苗
早苗
見るからに人懐っこいおばあちゃん
早苗さんと知り合ったのは
私たちが夫婦になって、初めて借りた家に引っ越したその日だった。
早苗さんの家はお屋敷と言っていいほど大きな家で
私たちは格安の狭小住宅。
最初は嫌味で言われているのかとも思ったけれど
なにかあるたびに親身に相談に乗ってくれる早苗さんと
年齢を気にせず仲良くなるのに時間はかからなかった。
千明
千明
千明
早苗
早苗
早苗
早苗
千明
千明
千明
千明
早苗
早苗
早苗
千明
早苗
早苗
早苗
早苗
早苗
千明
早苗
早苗
早苗
早苗
早苗
千明
早苗
千明
早苗さんがテラスから姿を消すと、秋の高い空だけが見える。
今日は少しだけ、風が冷たい。
ぶるっと震えた私は、すこーしだけ。
お茶を飲みすぎたことを反省した。
千明
千明
千明
しんと静まり返ったお屋敷の中は、ちょっとだけ不気味だ。
千明
千明
千明
千明
開くと、そこは甘い香りのする暗い部屋。
しまった、間違ったと思ったけれど
廊下の照明で照らされた不思議な内装に
興味を惹かれて足を踏み入れてしまった。
千明
壁一面に、ずらっと展示されたガラスケース。
本の中でしか見たことのないような光景に
思わず目を奪われた。
千明
千明
千明
千明
そこまで言って、違和感に言葉を忘れる。
芋虫のお尻近くには、必ず模様が入っていた。
胴をぐるっと一周する、細い線。
それが一瞬光ったように見えて、
蓄光する模様なのかと近くに寄って見た。
そして、私は後悔する。
千明
それに気付いた瞬間、足の力が抜け落ちた。
腰が抜ける、というのはこれなんだろう。
尻餅をついた体が、言うことを聞いてくれない。
そして目は
大量に飾られた【薬指の標本】から
そらすこともできなかった。
千明
40年前の日付、佐藤ご夫妻
浮気者のお二人
その翌年、梶野ご夫妻
前向きなお二人
そのまた翌年、立川ご夫妻
家庭内暴力が絶えないお二人
……
標本箱に2本ずつ納められた薬指には
その指の持ち主の名前と
どんな関係の夫婦かが
几帳面にメモされていた。
それが、恐らく40年分、ここにある。
まるで夫婦の見本市。
完全に狂気しか感じない室内の威圧感に
押し潰されそうになっていたときだった。
早苗
突然の声かけに体が跳ねる。
いつもの穏やかな声。
なのに今の私には、それは恐ろしい声にしか聞こえなかった。
無数の薬指が飾られた部屋の中で
にこやかに振る舞える神経が
私にはわからない。
千明
早苗
早苗
早苗
早苗
早苗
逆光の中で薄く開いた早苗さんの目は
私を見下し、嗤(わら)っていた。
千明
千明
千明
千明
千明
早苗
早苗
早苗
早苗
早苗
とたん、とても強い衝撃が頭を揺らした。
視界が赤黒く濁る。
痛みさえも曖昧なまま――
私は、意識を手放した。
手元灯がついた卓上には真新しい標本箱と
血抜きされ、防腐処理が施された薬指があった。
老女はそれを楽しげに、針でそっと留めていく。
爪まで綺麗に手入れされた指を納めながら
老女は歌うように口を開いた。
早苗
早苗
早苗
早苗
早苗
早苗
早苗
早苗
早苗
早苗
早苗
早苗
早苗
早苗
早苗
早苗
早苗
早苗
早苗
早苗
早苗
早苗
早苗
早苗
早苗
にんまりと歪んだ笑みを浮かべたまま
シワだらけの指が標本箱の蓋を閉じる。
防腐液の甘い香りが満ちる室内で
誓った愛を切り落とされた指輪だけが
悲鳴をあげるように煌めいていた。
コメント
37件
とても読みやすい文章で、面白かったです😃 早苗さんの人当たりの良さと、恋愛に対する執着のギャップが怖いですね💦 仲の悪い夫婦が狙われるのかと思ったら、そもそも、恋愛感情がわからないんですね…。悲しい。
これは嫌な収穫の秋ですね…
時々ドキッΣ(; ゚Д゚)とすることやあ、この話しシンプルに好きなど色々思いましたが一番の感想は夫妻ですね…… 私も除かれないように気を付けよう……(*''*)