大勢の人が行き交う交差点の前で
人目も気にせず男性に尋ねる。
まさか自分が、初めて会った人に 必死で話しかけることになるなんて 思いもしなかったが
何せ、今は非常事態なのだ。
男性の言葉を理解してはいるのだけれど、どうしても頭が認めたくない。
検討違いな質問をされたとばかりに、 男性は首を傾げた。
男性の目に疑いの色が現れ始める。
相手は警戒した表情をしているが、 そんなことこちらは お構いなしだ。
私は意を決し口を開いた。
男性はぽかーんと口を開けた。
下手すると厨二病認定されてしまう ようなことを
女子学生に真剣に話された、 可哀想な男性は
少し黙ったあと、こくりと頷いて くれた。
そう言って大袈裟に笑ってみせる 男性は、
わざと自分に言い聞かせ、 何とかこの不可解な話を受け入れようとしてくれているみたいだった。
私はハッと、帰る場所がないことを 思い出した。
自分の家も分からない。
どうやって元の世界に帰るかも 分からない。
財布もない。
知り合いも、助けてくれる人もいない
男性は視線を逸らし、後退りを 始めたが
私に話しかけてくれた、優しいこの人を逃がすわけにはいかない。
どうやら神様は私に味方を したようだ。
信号の前で中学生の女子と成人男性が 何やら言い争っている光景を
不審に思う人や好奇の目で見る人が 周りに集まり、男は通報寸前に まで追い込まれた。
彼に選択の余地など無かった。
彼は胸の高さまで両手を上げ、降参の ポーズをしながら
早くこの状況から解放されたいとばかりに、私の提案に承諾した。
彼の家に着くまでに、冷静になって いくつか分かったことがある。
まず、向こうの世界と左右が反対に なっていること。
交差点で感じた違和感は何だろうと 考えてみると
車が道路の左側を走っていることに 気づいた。
そして、やたら汗をかくと思ったら、 周りの人は全員半袖を着ていたこと。
最初は冷静な判断が出来なくて、 走ったから汗をかいたのだと 勘違いしていたが
周りは全員半袖で、自分だけが長袖 だったことから察するに
向こうの世界では今は冬だが、 きっとこの世界では今夏なのだろう。
朝と夜も逆転していた。
向こうにいた時は朝だったのに、ここ に来た時夜に変わった。
日本からブラジルに行った感覚 なのだろうか、と
外国に行ったことがないくせに 考えてしまう。
最後に、所々意味が反対になっているものがあること。
例えば信号で、私のいた世界は赤で 止まり、青で進むとされていたが
この世界ではどうやら逆らしい。
顔を上げると、小さなアパートが あった。
設置されていた鉄骨階段を 最上階まで登り_と言っても二階までしかないのだが_
廊下を少し歩いたところに 彼の住んでいる部屋があった。
部屋の前には番号がふってある だけで、苗字は書かれていなかった。
彼が鍵を開け、ドアノブを回した。
彼は苦笑した。
私は自分の選択が正しかったのか、 今更ながら不安を感じていた。
自分から強引に泊めてもらった とはいえ
出会ったばかりの大人の家に 二人きりというのは、 本当に大丈夫だったのだろうか…。
少しでも表情が曇ったことを、彼は 見逃さなかったのだろう。
大袈裟に顔を覆い泣いているふりを する彼に、心を込めて謝罪した。
彼はまたもや大袈裟にウインクし、 毛布を被りながらソファーに 寝転がった。
私はしばらくわたわたとしていたが、 彼の優しさに甘え、布団で 寝させてもらうことにした。
リビングに背を向け、寝室の扉に 手をかけた時
後ろから声を投げかけられた。
ハルさん
ハルさん
彼は楽しそうに白い歯を見せた。
ハルさん
彼の「ハル」という名が、あだ名 なのか、それとも本名なのかは 分からない。
彼もまた、多くを話さなかった。
布団に入ったはいいものの、 なかなか眠ることが出来なかった。
脳が興奮しているせいでもある だろうが、
それもそのはずだ、向こうの世界では まだ私は登校していた途中で
起きたばかりと言ってもいいからだ。
…それにしても、
私は冬用の制服を着ているため
今夏なこの世界では、この格好は あまりにも暑すぎる。
上の制服やスカートを脱いで、 ブラウスとズボンになってみたりは したものの
それでもまだ暑い。
真夏に長袖で毛布をかけて寝るなんて たまったものじゃない。
最終的に毛布をよかして、暑さに耐えながら眠りについた。
コメント
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もうすでに神作な予感がする