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遥
呼び止めようとする私の声を無視して、早坂はドアにカードをかざした。
ピッと軽快な音が響く。 同時に扉の解錠音。 早坂の手にはマンションのICカードキー。
そう、ここは彼が住む部屋の前だ。
遥
早坂
遥
早坂
押し問答を繰り返す。
早坂に口で勝てる自信はないけど、私だって引けない。
遥
早坂
早坂
遥
言い返せずに口を噤む。
確かにこの顔では外出も困難だ。
隠しようもない傷が残ってるし、体だって痣だらけ。
こんな出で立ちでネカフェに行こうものなら、変質者だと勘違いされて警察を呼ばれかねない。
――――急病センターから出た後。
眠りから覚めた時、見慣れない光景に困惑した。
そこはレンガタイル貼りの複合型マンション。
おしゃれで洗練された外観に、植栽や街灯が整備されたエントランス。
1階にはコンビニが併設されていて、私が住んでるボロマンションとは全く造りが違う。
目を白黒させている私をよそに、早坂はマンション1階にあるコンビニの駐車場に車を停めた。彼が1人暮らしをしてる場所らしい。
らしい、というのは、私はこのマンションに一度も来たことがないから。今日が初めて。
そして早坂は私に告げた。 自分のマンションに戻るのが嫌なら、ここで寝泊まりすればいいと。
これが彼の『話したいこと』。
遥
遥
早坂に恋人の存在がいないのは知ってた。
本人がそう言ってたから。
だからって1人暮らしの男の部屋に、怪我を負っている訳ありの女が転がり込むのはどうなのか。
私だって昨日、早坂を部屋に泊めたけど、昨日と今日とでは状況がまるで違う。
それから、今後のことも車内で相談した。
まずは警察に被害届を出すかどうか。
早坂
早坂
早坂
早坂
そう、青木さんは自由に動ける身。
逆にこっちは彼の影に怯える毎日。
想像しただけで精神がえぐられそうだ。
早坂
早坂
遥
暴行や傷害事件は、被害を受けた傷が残っているうちに訴えた方がいいと聞く。
でも青木さんには妻子がいる。
それが一番の懸念材料だった。
問題が露呈するくらいなら、警察は挟みたくない。大ごとにはしたくない。 それが正直な気持ち。
でも早坂は首を縦に振らなかった。
早坂
早坂
早坂
遥
正論パンチすぎて、ぐうの音も出なかったよね。
早坂
早坂
遥
それは早坂から何度も受けた忠告。 思わず歯切れが悪くなる。
遥
早坂
私の一言に、早坂が不自然に言葉を止めた。
早坂
遥
遥
早坂
遥
遥
早坂
遥
遥
早坂
呆れ果てたと言わんばかりにため息を漏らす。
早坂の言葉を受けて、ちゃんと青木さんに問い詰めておくべきだったと後悔した。
ピッキングなんて荒業が素人にできるのかは謎だけど、もしそうなら気持ちの悪い話だ。
遥
早坂
遥
部屋に散乱してたバッグは、早坂がスマホと一緒に回収してくれていた。
その中から目的の物を取り出し、早坂に渡す。
早坂
遥
早坂
曖昧な返事を残して鍵を返された。
なんの変哲もない鍵だ、特に調べる箇所も無かったのだろう。
早坂
早坂
早坂
遥
早坂
早坂
遥
早坂
遥
早坂
突然の情報開示に早坂の眉が寄る。
だから何だ、とでも言いたげなその瞳を、私は真っ直ぐに見据えた。
遥
遥
遥
早坂
遥
早坂
遥
早坂
遥
一番悪いのは誰なのか。
内密に不倫行為をしていた私と青木さんだ。
子供には何の関係もない。奥さんにも。
私達が犯した過ちに、子供や奥さんを巻き込んじゃいけない。
穏便に済まそうとしてるこの考えこそが卑しくて、甘ったれた言い訳だと罵られたとしても構わない。
遥
遥
遥
遥
遥
早坂
早坂
遥
遥
そんな会話を車内で交わした。
早坂も渋々ながらも納得してくれた。
でも、そうなると新たな問題が発生する。
今後の青木さんとの向き合い方だ。
遥
遥
遥
でも、今はまだ会えない。
会いたくない。
思い出すと体が恐怖で強張ってしまう。
いま青木さんと会っても、まともに会話なんてできない気がする。
だけど相手は私の住まいを知っている。
連絡先も、勤務先だって知ってる。
帰り道やマンション前で待ち伏せされる可能性だってある。
だから早坂は私に提案してきたんだ。自分の部屋を一時的に避難場にすればいい、と。
そうして今に至る。
遥
早坂
遥
遥
遥
遥
早坂
遥
早坂
遥
渋々頷くしかないけれど、とりあえず、今日の寝床は確保できた。
一方的に話を進められてしまった感が否めないけど、結局私の方が折れた。
中に入れば、シトラスな香りが出迎える。
センスよく整頓された空間が、視界いっぱいに広がっていた。
洗練された雰囲気に圧倒される。
初めて訪れる早坂の部屋に心が躍ってしまう。
遥
遥
早坂
座ってろ、とリビングのソファーを指しながら、早坂は奥へ行ってしまった。
素直に腰を下ろす。
遥
借りたブランケットを羽織りながら、改めて部屋を眺めてみた。
無駄な装飾品を省き、家具はモノトーン調で揃えている。 ぽつぽつと置かれた観葉植物が、クールな内装に温かさをプラスしている。
一言でいえばクールモダンな印象で、生活感はあまり感じられない。
清潔感のある空間作りは、さすがはインテリアショップの店員ならではって感じ。
ローテーブルは艶のあるブラックガラス。
映し出すものを綺麗に反射させ、重厚感と高級感を作り出している。
壁絵画時計がお洒落な空間を生み出して、彼のセンスを感じさせた。
早坂
ひとり鑑賞会に浸っていた私に、早坂は上着をハンガーに掛けながらそう告げた。
顎をしゃくる先は、浴室だ。
遥
早坂
早坂
遥
いいのかな? と一瞬ためらう。
部屋の主より先に入浴することに迷いがあったけど、せっかくのご厚意なので素直に従っておく。
バスタオルを借りた後は浴室に入り、ささっと洗い済ませてから身体を拭いた。
必要最低限の物はコンビニで購入済み。
さすがに服だけはどうにもならなくて、仕方なく、早坂から借りたシャツに袖を通す。
遥
指の先まですっぽり隠れてしまう。
袖口をくるくるして捲し上げれば、ふわりと柔軟剤の香りが漂った。
遥
遥
そうだ、早坂は彼氏じゃない。
彼氏じゃない人のシャツを、お風呂上がりに着ている。正直複雑だ。
恋人以外の男の物を身につけるなんて無理。 今までそう思っていたのに、早坂なら平気だと思えてしまうこの感情は何だろう。 あまつさえ、キスまで許してしまった。
遥
早坂が何かをするなんて思ってない。
そうじゃなくて、何かの拍子でタガが外れてしまいそうなフラグが私に立っている。
あのキス以来、早坂を意識している自分がいる。
あれはキスと言うより人工呼吸。 それはわかってるんだけど。
遥
瞳を閉じれば、瞼の裏に鮮明に蘇る。
突然のキスも、その後の優しい表情も。
それどころか、運転中の横顔や、私を見やる視線。いつもよりも近い距離。
これまで見てきたはずの光景なのに、今日はなんだか違って見える。
……なんとなく、もう一度唇を押さえた。
頭の中でリフレインを繰り返す。
遥
頭を振って、思考を切り替えようとする。
脳裏に浮かぶ光景を打ち消しながらリビングに戻れば、早坂が神妙な面持ちで立ち尽くしていた。
遥
早坂
早坂
遥
早坂
部屋の端に視線を移す。
私の目がおかしくなければ、この部屋にベッドはひとつしかない。
遥
早坂
スペースの問題じゃないことを突っ込むべきだったのかもしれない。
でも言ってしまったら、この場の空気がおかしくなりそうな気がして、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
早坂
遥
遥
遥
早坂
遥
早坂
遥
不自然に会話を終わらせて、早坂はさっさ浴室へ向かってしまった。
その背をやりきれない思いで見送る。
人のベッドに潜り込んで待つ勇気なんてなくて、軽く伸びをしながらソファーの背にもたれ掛かった。
ふう、とため息が漏れる。
遥
遥
早坂にとっては、あれはキスじゃなくて人工呼吸のようなものなのに。
あの行為に、特別な意味なんかない。
なのに勝手に勘違いされて、意識されても早坂は困るよね。
遥
だからもう気にしない。
一緒のベッドで寝るくらい平気。
私達はただの同期で、友達だもん。
何かが起こるなんて、ありえないんだから。
コメント
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おお、第12話読み終えたわ。早坂、強引だけど優しいな…「そっちが嫌ならソファーで寝る」って言いながら、七瀬ちゃんが折れるの見越してる感じがまたズルい(笑)。でも七瀬ちゃんの「彼シャツ」嗅いじゃうシーン、分かるわ〜。あと「人工呼吸」って自分に言い聞かせてるのが切ない。一緒のベッドで寝るって展開、ドキドキする…次どうなるんだろう!