テラーノベル
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#成り上がり
#死に戻り
#ハッピーエンド
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翌日の夕方、デシアは録音機を持たずに橋へ来た。
それだけで、サベリオには分かった。今日は音を集めるためじゃない。話しに来たのだ。
星降る橋の上には、祭り前のざわめきがまだ届いていない。日が落ち切る前の薄青い光が欄干にたまり、川の上を風が渡るたび、水面だけが先に夜へ近づいていく。
デシアは橋の真ん中で立ち止まった。
「少し、いい?」
「うん」
サベリオも足を止める。
彼女はしばらく何も言わなかった。言葉を選んでいるというより、逃げ道を消している顔だった。
「この前、地下で聞いたこと」
「うん」
「時間が戻る理由、事故だけじゃないって話」
サベリオの喉が乾く。
「うん」
「私ね、それを聞いてから、ずっと考えてた」
風が橋板の隙間を抜ける。遠くでモルリの笑い声がかすかに聞こえたが、ここだけは別の場所みたいに静かだった。
デシアはサベリオを見た。
「あなた、ずっと私を助けてくれる」
「助けたいから」
「分かってる」
そこで彼女の声が少しだけ揺れた。
「でも、あなた、自分のことを一回も言わない」
返事が詰まる。
デシアは続けた。
「橋を直したいとか、町を守りたいとか、そういう話はする。でも、それって誰かのための言い方でしょう」
サベリオは思わず目をそらした。
「違う?」
違わない。違わないから苦しい。
「私の夢のことは何度も聞いてくれた」
デシアの目が潤み始める。
「支えてくれたし、守ってくれたし、助けてもくれた。でも、あなたがどこへ行きたいのか、どこにいたいのか、何を怖がってるのか、私は全然知らない」
橋の上の冷えた空気が、急に薄くなる。
「それで並んでるつもりになられるの、ずるいよ」
その一言が胸の奥へ深く刺さった。
サベリオは口を開きかけて、閉じた。言い訳ならいくらでも浮かぶ。まだ分かっていないとか、上手く言えないとか、今は祭りが先だとか。けれど全部、自分を守るための言葉だった。
デシアのまぶたから、ついに涙がこぼれた。
「私、支えてもらうばっかりは嫌」
声は大きくない。それなのに逃げ場がない。
「あなたが苦しい顔してるの見てるの、もう嫌なのに、何も聞かせてもらえないの、もっと嫌」
サベリオは指先に力を入れた。欄干の冷たさが手のひらに食い込む。
言え。そう思う。
けれど胸の中にある本音は、口へ運ぼうとすると急に形を失う。自分がこの町に残りたいのか、残っていいのか。誰かの夢を応援するだけではなく、自分もここで未来を作りたいと思っていること。そのどれも、口にした瞬間に逃げ道を失う気がした。
沈黙が長くなる。
デシアは涙をぬぐいもせず、笑えない顔で笑った。
「ほら、また」
その一言に、サベリオは何も返せなかった。
言葉が出ないまま立っている自分が、ひどく情けない。何度も死に、何度も戻り、たくさんの人の痛みを見てきたはずなのに、自分の願いだけはまだ抱えたままだ。
ようやく出たのは、情けないほど小さな声だった。
「……ごめん」
デシアは首を振る。
「謝ってほしいんじゃない」
それはそうだ。分かっているのに、他の言葉が出てこない。
川風が強くなり、デシアの髪が頬へ張りついた。彼女は乱暴にそれを払ってから、まっすぐ言った。
「私、あなたのことを、ちゃんと知りたい」
サベリオの胸が大きく鳴る。
「支えるだけの人じゃなくて、隣に立つ人として」
その響きはあたたかいのに、同時に逃げ場をなくす。
サベリオは唇を噛んだまま、結局何も言えなかった。
デシアはしばらく待って、やがて静かに目を伏せた。
「……今日はもういい」
そう言って踵を返す。去っていく背中は怒っているわけではなかった。ただ、ひどく寂しそうだった。
サベリオは追いかけられない。
誰かの涙に手を伸ばすことはできても、自分の沈黙を越える勇気がない。その事実が、夕暮れよりも濃く胸へ落ちた。
橋の上に一人残され、サベリオは長く息を吐く。
深い時計の条件が頭をよぎる。願いが他者の願いと並び立った時、朝を許す。
並ぶ以前の問題だ。自分はまだ、願いそのものを口にできていない。
遠くで鐘の試し打ちの音が鳴った。空気がわずかに震える。その響きは、慰めではなく催促のように聞こえた。