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第十一章 月の故郷
第一話 霧の向こうの村
白霧山を越えてから吹く風は、驚くほど柔らかかった。
切り立った岩肌と冷たい霧に包まれていた山中や、高い木々に囲まれた薄暗い森とは違い、麓へ降りた途端空気には土と草の匂いが混じり始める。
遠くで鳥が鳴き、風に揺れる麦穂がさらさらと音を立てていた。
5人は白霧山を背にして馬を走らせる。
ミストア村は、北に白霧山を望み、東西と南を広大な森に囲まれた小さな村だった。
各方面へ道は通じているものの、村人達は主に平坦な土地を活かした農業で生計を立てているらしい。
道の左右には、黄金色に染まった麦畑がどこまでも広がっていた。
太陽を浴びた穂先が風に揺れ、まるで金色の波のようにうねっている。
その合間には、丸々と実をつけた野菜畑も見えた。
「……平和そうやなぁ」
シュンタが目を細めながら呟く。
「なんかラディス思い出すわ」
ダイチもどこか懐かしそうに笑った。
確かに雰囲気は似ていた。
ラディスほど賑やかではないが、人々の暮らしの温度が近い。
ジントは静かに風を吸い込む。
山を越えてから、胸を圧迫していたような感覚が少しだけ薄れていた。
村の入口には小さな木造の門が設けられていた。
そこに立っていた門番は5人の姿を見るなり目を丸くする。
そしてハヤトに気付いた瞬間、慌てて背筋を伸ばし敬礼した。
帝国から派遣されている警備兵なのだろう。
「ご苦労さん」
ハヤトが軽く手を上げる。
それだけで兵士はさらに緊張した様子を見せた。
馬を繋がせてもらい、5人は門を潜る。
村の中央には一本の道が真っ直ぐ伸びており、その先には石造りの教会が見えていた。
左右には小さな民家が並び、煙突からは白い煙がゆっくり空へ昇っている。
野菜を乗せた荷車を引く男。
井戸端で洗濯をする女性達。
裸足で走り回る子供達。
どこにでもある穏やかな村の光景だった。
だが。
「……見られてるな」
ジュウタロウが小さく呟く。
小さな村だからだろう。
外から来た旅人はそれだけで目立つ。
ましてこの5人組だ。
窓辺から覗く視線。
道端でひそひそと囁き合う村人達。
その中でも特に、ジントへ向けられる視線には奇妙なものが混じっていた。
訝しげな目。
どこか怯えるような顔。
黒いフードの奥を探るような視線。
そんなものにはもう慣れている。
それでもジントは、無意識にフードを深く被り直していた。
それを見たダイチがさりげなくジントの少し前へ立つ。
気付いたジントは小さく目を伏せた。
やがて一行は、教会の手前に建つ少し大きな家へ辿り着く。
他の民家より広いが、豪華というほどではない。
質素で堅実な造りの建物だった。
「突然すまない」
ハヤトが声を掛ける。
「いえいえ!こんな田舎の村へ、ようこそお越しくださいました」
出迎えた初老の男は、ハヤトを見て驚いた表情をするが、深々と頭を下げ、快く迎え入れてくれた。
ミストア村の村長らしい。
客間へ案内されると、大きな木のテーブルを囲むように椅子が並べられていた。
運ばれてきた温かな茶からは、香ばしい香りが立ち昇っている。
シュンタが「うまっ」と小さく呟き、少し空気が和らいだ。
ハヤトは一息つくと、真剣な表情で口を開く。
「聞きたいことがある」
村長は静かに頷いた。
「この近くに、“月の一族の隠れ里”があるという話を知っているか?」
その瞬間、村長の顔色が僅かに変わった。
「……昔から、噂だけはあります」
低い声でそう答える。
「この村の南の森……そのどこかに存在すると」
「実際に見た者がいるのか?」
「旅人が、“奇妙な集落を見た”と話していたことがあります」
「数年前には、この村の若者が森で道に迷い……妙な場所へ辿り着いたとも」
「妙な場所?」
「白い石造りの家々が並び、月の紋章が刻まれていた、と」
ジントの瞳がわずかに揺れる。
「……ですが、詳しい場所は誰も知りません。気付けば戻っていたとも言っておりました」
「そうか……」
ハヤトは静かに息を吐いた。
そして続ける。
「最近の魔物の出現状況は?」
村長の表情がさらに曇った。
「ここ数年、満月の前後は特に魔物が増えております」
「やはりか」
「これまでは結界で防げておりました。しかし最近は、それを破って村へ入ってくることも……」
ダイチが眉を寄せる。
「そんなに酷いんか」
「ええ。傭兵を雇い、帝国から兵士も派遣していただいており。明日の満月に備え、今日も警備を強化しているところです」
部屋の空気が重く沈む。
白霧山を越えてもなお、世界の異変は確実に広がっていた。
村長の家を後にした5人は、教会の前で立ち止まる。
小規模ながら、教会は村の中心で異様な存在感を放っていた。
重厚な石造り。
高く伸びる尖塔。
静まり返った空気。
そこへ、扉を開けて神父が階段を降りてきた。
そしてハヤトを見ると、深く頭を下げた。
「ハヤト殿下」
「今はただの旅人だ」
神父は小さく微笑んだ。
しかし次の瞬間、その視線がジントへ向けられる。
ほんの一瞬、まるで何かを確かめるように。
「……太陽神は、全てをお見通しです」
静かな声だった。
だが妙に響いた。
「我々が選択すべき道は、常に一つ」
空気が張り詰める。
ダイチが僅かに眉をひそめた。
だがハヤトは真っ直ぐ神父を見返す。
「オレは帝国の皇子としてではなく」
静かに、一歩前へ出る。
「一人の人間として、自分の信じる道を進むだけだ」
神父は何も答えなかった。
ただ静かに目を伏せる。
重い沈黙だけが残る。
やがて5人は教会を後にした。
通りへ出ると、夕暮れの風が頬を撫でる。
空は赤く染まり始めていた。
そして東の空から、ゆっくりと満月の夜が近付きつつあった。
コメント
1件
お疲れさまー!!第18話読んだよ〜🌸✨ ミストア村の風景描写がすごくキレイで、金色の麦畑が風に揺れてる感じが目に浮かんだ〜😭💕 そしてジントに向けられる村人達の視線とか、神父の意味深な「太陽神は全てをお見通しです」って台詞…めっちゃ不穏でゾクゾクした!! ハヤトの「一人の人間として進む」って言葉、カッコよすぎるよ…推せる!!! 続きも楽しみにしてるね⋆♡