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第十一章 月の故郷
第二話 温かな宿屋
5人は教会を後にし、村の中央通りを歩いていた。
夕暮れの空はゆっくりと藍色へ染まり始め、家々の窓からは温かな灯りが漏れ始めている。
その通りの一角に、ミストア村で唯一の宿屋はあった。
温かみのある石造りの二階建て。
木製の看板は少し色褪せていたが、手入れは行き届いている。
扉の隙間からは、香ばしい肉の焼ける匂いとスープの香りが漂ってきた。
「うわぁ……めっちゃええ匂いする……」
シュンタが幸せそうに呟く。
ダイチの腹も同時にぐうっと鳴った。
「お前ほんま分かりやすいな」
「いや絶対シュンタも腹鳴ったやろ今」
「鳴ってへん!」
そんなやり取りをしながら扉を開ける。
すると。
「いらっしゃ……あらまぁ!!」
ちょうど奥から出てきた恰幅の良い女性が、5人を見るなり目を丸くした。
「こんなかっこいいお兄さん方が来てくれるなんて初めてだよ!!」
突然の大歓迎に、5人の動きが一瞬止まる。
カウンターから顔を出した主人も、にこにこと笑っていた。
「これはまた随分立派なお客さんで」
そのさらに奥では、十代半ばほどの少女がそっとこちらを覗いていた。
5人と目が合った瞬間、ぱっと頬を赤くする。
それに気付いたシュンタが、ニコッと笑った。
そして片目を閉じてパチリ、とウィンクする。
「っ、きゃっ……!」
少女は小さな悲鳴を上げ、そのまま奥へ引っ込んでしまった。
「おい何しとんねん」
ダイチが呆れた声を出す。
「いやぁ、サービス精神やって」
「絶対違うやろ」
宿の中には、久しぶりに“普通の旅”の空気が流れていた。
白霧山の緊張感や、教会の重たい空気が少しだけ遠ざかる。
主人は5人を二階へ案内しながら、申し訳なさそうに頭を掻いた。
「いやぁ、普段は客が少ないものでして……実は部屋が三つしかないんですよ」
「三つ?」
ハヤトが聞き返す。
「簡易ベッドはご用意できますんで、二人部屋二組と、一人部屋に分かれていただいても?」
そう言い残し、主人は慌てて追加のベッドを取りに行った。
残された5人は、しばし沈黙する。
そして。
「……これは」
シュンタがゆっくり口角を上げた。
「じゃんけんやな!!」
「マジか……」
ダイチが露骨に嫌そうな顔をする。
「絶対シュンタとだけは嫌やわ……てかジント大丈夫なん!?」
「え?」
急に話を振られたジントは、きょとんと目を瞬かせた。
「何が?」
「いやその……誰と同じ部屋とか……」
「別にオレは誰とでもいいよ」
その一言に、ダイチが頭を抱える。
#恋愛
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成瀬りん
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#怪異
215
「えぇ~っ!! そんなん言わんといてぇや!!」
「なんでだよ」
「なんででもや!!」
その横で、ハヤトがなぜか目を輝かせていた。
「面白くなってきたな……」
拳を打ち合わせ、妙に気合いが入っている。
ジュウタロウは深々とため息を吐いた。
「……たまには一人でゆっくり休みたい……」
これまでの旅でも、夜番や食事当番は度々じゃんけんで決めてきた。
だが今回の勝負は、明らかに空気が違う。
それぞれの思惑が静かに交錯していた。
ハヤトが前へ出る。
「勝った順に、一人部屋、手前の部屋、奥の部屋、手前の部屋、最後まで残った奴が奥の部屋。いいな?」
「おう!!」
なぜか全員真剣な声で返事をする。
ジントだけが状況を完全には理解していなかった。
「いくぞ……!」
ハヤトが手を構える。
「最初はグー、じゃんけん――」
「「「ポン!!」」」
最初に一人勝ちしたのは、ジュウタロウだった。
一瞬目を見開き――。
「……っしゃあ!」
小さくガッツポーズをする。
その姿に4人が驚く。
「そんな嬉しいんや……」
「珍しいな」
ジュウタロウはすでに荷物を抱えていた。
「では、先に休ませてもらう」
足取りまで軽い。
「続けるぞ!」
再びじゃんけん。
次に勝ち抜けたのはハヤトだった。
続いてシュンタ。
その瞬間、ダイチの顔から血の気が引いた。
「……あ」
シュンタがにやにやと笑う。
「ダイちゃん?」
「嫌や……」
「まだ決まってへんやろ?」
「もう終わりやこんなん……」
最後に残ったのは、ジントとダイチ。
静かに向かい合う。
「じゃ、いくよ」
「……頼む……!」
「最初はグー、じゃんけんポン」
勝ったのは、ジントだった。
数秒の沈黙。
そして
「よしっ!」
ハヤトがなぜか喜ぶ。
「……終わった……」
ダイチは力なく項垂れた。
シュンタが満面の笑みで肩を組む。
「ってことはダイちゃん俺と一緒やん!仲良くしよなー?」
「最悪や……マジで最悪や……」
「そんな嫌がらんでもええやん!」
ハヤトは上機嫌のままジントを見る。
「よろしくな、ジント」
「うん。こちらこそ、一晩よろしく」
ジントは柔らかく微笑んだ。
その笑顔を見て、ダイチがさらに絶望した顔になる。
「なんでやねん……」
ジュウタロウはすでに部屋へ消えている。
他の4人も荷物を置き終え、一階の食堂へ向かった。
階段を降りる途中、香ばしい匂いがさらに強くなる。
焼き立てのパン。
煮込み料理。
香草の香り。
シュンタの目が輝いた。
「うわぁ……絶対うまいやつやん……!」
白霧山を越えた夜。
束の間の平和な時間が、5人を温かく迎えようとしていた。
‐‐‐‐‐‐
食事を終えた頃にはすっかり夜も更けていた。
窓の外では虫の鳴き声が静かに響き、ミストア村は穏やかな眠りへ落ち始めている。
満腹になったシュンタが
「あかん、動けへん……」
と椅子に突っ伏し、おかみさんに笑われていた。
「ほらほら、お兄さん方。明日に備えてちゃんと休んでくださいよ」
「はーい」
5人はそれぞれ席を立ち、二階へ戻っていく。
廊下には小さなランプの灯りが揺れていた。
「じゃ、おやすみ」
ジントがそう言うと、ダイチが一瞬何か言いたそうな顔をする。
しかし
「ほなダイちゃん、行こか♡」
「うわ絡んでくんな!!」
シュンタに肩を抱かれ、そのまま部屋へ引きずられていった。
ハヤトは吹き出しながら、ジントと共に部屋へ入る。
一方その頃。
最も奥の一人部屋では――。
「…………静かだ」
ジュウタロウが、心底安堵した顔で呟いていた。
荷物を整え、椅子へ腰掛ける。
静寂。
誰も騒がない。
誰にも絡まれない。
素晴らしい。
机に置いた小さな氷晶石を眺めながら、ふっと息を吐く。
「……平和だ」
その瞬間。
ドンッ!!
壁の向こうから激しい音が響いた。
ジュウタロウは無言で天井を見上げる。
続いて。
『だから近いって言うてるやろ!!』
『えぇ〜? ベッド狭いねんもん』
『知らんわ!!』
『ダイちゃん意識しすぎやって〜』
『してへん!!』
壁越しに丸聞こえだった。
ジュウタロウは静かに目を閉じる。
「……平和じゃない」
切実だった。
そしてシュンタとダイチの部屋。
「なんで俺がお前とやねん……」
ダイチはベッドへ突っ伏し、まだ落ち込んでいた。
シュンタはけらけら笑いながら簡易ベッドへ転がる。
「ええやん別に〜。俺めっちゃええ男やで?」
「自分で言うな」
「ダイちゃん、そんな嫌そうな顔せんでも」
「嫌や」
即答だった。
「傷付くわぁ」
まったく傷付いていない顔でシュンタが笑う。
しばらく沈黙が落ちる。
外からは風の音が聞こえていた。
ふとシュンタが、天井を見上げたまま口を開く。
「……ダイちゃんさ」
「ん?」
「ほんま分かりやすいよな」
ダイチの動きが止まる。
「何が」
「ジントのこと」
一瞬だけ、空気が静まった。
シュンタは笑っていなかった。
「めっちゃ顔に出とるで」
「……は?」
「自分で気付いてへんの?」
ダイチはむくりと起き上がる。
「別にそんなんちゃうし」
「ふーん?」
「なんやねんその顔」
シュンタは少しだけ目を細めた。
「大事なんやろ。ジントのこと」
その言葉に、ダイチは視線を逸らす。
窓の外では、雲の隙間から月明かりが差し込んでいた。
「……そりゃ大事や」
小さな声だった。
「昔からずっと一緒やし」
「うん」
「放っといたら危なっかしいし」
「うんうん」
「……なんか、目が離せへんねん」
シュンタは静かに笑った。
「そっか」
それ以上は何も言わない。
空気が少しだけ柔らかくなる。
「まぁでも、ハヤちゃんと同じ部屋で平気な顔してるジント見たら嫌やったやろ?」
「当たり前や!!」
ダイチが即座に叫んだ。
「なんか二人距離近い気ぃすんねん!!」
「はははっ!!」
一気に空気が崩れる。
「ほんま独占欲丸出しやなぁ!」
「洞窟ではあ~んな大胆なことしとったしなぁ」
シュンタがニヤニヤと楽しそうに笑う。
「そ、…そ、それは言わんといてやぁ!!」
真っ赤な顔で慌てふためくダイチ。
シュンタは腹を抱えて笑った。
「ダイちゃん今日ほんまおもろいわ!!」
「うるさい!!」
その頃。
ハヤトとジントの部屋は、比較的静かだった。
「なんだか騎士団の宿場みたいだな」
ハヤトがベッドへ寝転びながら言う。
「騎士団の?」
「大人数で宿場で泊まり込んで行った訓練が昔あったんだ。少しそれを思い出した」
「へぇ……」
ジントは窓辺へ歩み寄る。
夜風が静かにカーテンを揺らしていた。
「……疲れてるだろ」
背後からハヤトの声。
ジントは少し驚いたように振り返る。
「え?」
「白霧山から、ずっと無理してる顔してる」
ハヤトの声音は穏やかだった。
茶化す気配はない。
ジントは少し黙り込み、やがて小さく笑った。
「……そんな顔してた?」
「ああ」
即答だった。
「俺達の前では、もう少し肩の力を抜いていい」
その言葉に、ジントの瞳がわずかに揺れる。
しばらくして
「……ありがとう」
静かな声が落ちた。
「ハヤトは、なんか誤魔化せないな……。全部、お見通しって感じで」
「そうか?」
「うん、帝都で最初に会ったときから、そう思ってた」
ジントが顔を上げた。
どこまでも澄んだ夜空のような、真っ直ぐな黒い瞳にふいに囚われる。
ーードクン。
ハヤトの心臓が、強く脈打つ。
なぜか視線を、逸らせない。
一瞬、時が止まったような感覚。
そしてようやく、ふっと軽く息を吐く。
「………ジントには敵わないな」
「え?」
苦笑いをしながら眉間を押さえるハヤトを、不思議そうに見つめる。
(………はぁ、……これは本当にタチが悪い……)
「まぁでも」
「?」
「ダイチ、今頃かなり荒れてそうだな」
「なんで?」
「さぁ?」
ハヤトは楽しそうに笑った。
ジントだけが、最後まで本当に分かっていなかった。
コメント
5件
今更ながら、シュンタは良いキャラしてますね。ちょっとたらしなところとか、でもってちゃんと他を思いやるところとか。凄く惹かれます…
一人部屋になると決まった瞬間ルンルンなジュウタロウが可愛すぎます☺️ シュンタにいじられるダイチもいいですね笑 あと最後まで何も分かってないジントが可愛すぎてもう( ´ཫ` )💛
comiさん、第19話「温かな宿屋」、じっくり読ませてもらいました…🌙 いやもう、ほんまに良かったです…!白霧山のあとの束の間の平和な時間って感じがすごく伝わってきて、宿屋の温かい灯りや匂いの描写が心地よかったです。 じゃんけんで部屋決めするシーン、それぞれの性格がめっちゃ出てて笑っちゃいました😂特にジュウタロウのガッツポーズと「平和じゃない」の落差がたまらん…! そして何より、シュンタがダイチに「ジントのこと大事なんやろ」って言うとこ、めっちゃ心に響きました。ダイチの小さな声での「目が離せへんねん」がもう…切なくて愛おしい。 ハヤトとジントの静かな夜の会話もすごく良かったです。ハヤトの「敵わないな」ってつぶやき、何かが動き出しそうな予感がしてドキドキしました…! comiさんの書くキャラの掛け合い、いつも絶妙です。続きも楽しみにしてますね🖤