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それにもう一つ、うちには大きな気がかりがあった。
お父さんが千年以上続いている神社の神職を務めている関係上、こういう場面に何度も立ち会ってきたのだけど、特に忘れられないのが、うちが小学校の四年生ぐらいだった頃の出来事だ。
ある人が怪異に倒れ、急遽お父さんのお祓いを受けるため、童ノ宮に担ぎ込まれた。
その人はテレビタレントなんかもしている、いわゆる名物社長のおじさんだった。お父さんとは古い友達で、何度か家に遊びに来て、うちも直接話をしたことがあった。
その人は親から受け継いだ小さな不動産事務所を、日本では知らない者がいないぐらいの大企業に育てあげ、元々稼業であった不動産はもちろん、食品会社や観光業、果ては芸能事務所までと手広く商売を手掛ける敏腕経営者。
だけど、それは世間に向けたあくまでも表向きのイメージ。
裏ではヤクザ顔負けの強引な手段でライバル企業などへの脅しや罠にはめるための裏工作は当たり前。
自分のところで働いてくれる社員に対しても、大声で怒鳴る、罵る、そして手を出すの三拍子。
これで自分は他人から感謝こそされていても恨まれてなどいない、と本気で信じていたんだから、おめでたいを通り越して、むしろ恐ろしいレベルだ。
もちろん、そのまま無事で駆け抜けられるほど人生は甘くない。
恨みは降り積もって呪いとなり、呪いはこの世ならざるナニカと結合し怪異となる。
怪異は生者に憑き、その人の心と命を壊し尽くそうとする。
そして、結論を言うと――怪異にとり殺されてしまった。
その日の遅く、お父さんは疲れ切った顔で帰って来て、リビングルームのソファーに座り込んだきり、長い時間、一言も喋ろうとはしなかった。
最初は黙っていたうちもしびれを切らし、こう尋ねた。
「……あのおじさん、なんで助けてあげなかったん?」
まだほんの子供だったとは言え、我ながら全く空気を読まない残酷な発言だった。
お父さんは驚いたような顔でうちに振り返り、赤くなった目を大きく見開いていたけれど――やがて低い声で言った。
「本当は助けてあげたかったんだけどね。……お父さん、ドン臭いからね。一発、結構きついの貰っちゃって。その隙におじさんは――」
赤黒く人の手形のような痣が浮き出た、自分の二の腕を見つめながらお父さんは言った。
その頃にはお父さんの表情はいつものように穏やかで優しいものに戻っていたが――その目は暗かった。
「あのお方も応援に現れてくれた時はひょっとしたらって思ったんだけどね。やっぱり、だめだった」
「神様が応援してくれたのにあかんかったん?」
「たとえ神様が来てくれたとしても、現世のことで頑張らなきゃいけないのは現世の人間だから。……全部、お父さんの力不足なんだ」
そうなんや、と曖昧にうちはうなづくしかなかった。
それからしばらくの間、うちもお父さんも何も言わなかったけれど――。
「あのね、キミカは修祓って言葉、知ってるよね?」
「うん。お祓いやろ?」
「そうだね。じゃあ、お祓いって具体的にどういうことか、言える?」
「えっと、それは……」
「よく誤解されるんだけど――お祓いってさ、別に怪異をやっつけることじゃないんだよね。結果的にそういうことに繋がることもあるけれど。本来、お祓いって言葉は人間を含めてあらゆるものをあるべき姿に戻すことだと思うんだ。その過程でケガレを払うことも必要なわけだけど」
「うーん。うちアホやから、ようわからんけど……」
少し考えてうちは言った。
「汚れた部屋を掃除してスッキリするようなもん?」
「……キミカは賢いなぁ。お父さんよりよっぽど頭いいよ」
そう言ってお父さんはうちの頭を何度も、何度も撫でた。
悲しそうに声を震わせて笑いながら。
「あのおじさん、荻久保って言ってね。――詳しくは言えないけど誰でもドン引きするような本当に悪いやつでね。あんなやつだったなんて、お父さんも全然知らなくてさ」
「……」
「それでも助けたかった。友達だからね。……だけど荻久保の場合、ケガレはあいつ自身の真ん中にあった。だから神様直々においでいただいても、怪異は無限に湧いてきて……」
そこで大きくため息をつき、お父さんは言葉を切る。
「キミカ」
「はい」
「ごめんね。こんな泣き言、キミカに聞かせるべきじゃないよね。……本当にごめん」
「……うん。……ええよ」
頷いてうちは歩み寄り――、爪先立ってお父さんの頭をそっと撫でた事を今も鮮明に記憶している。
なんでやろう、とうちは思った。
今朝早く、白虎機関傘下の病院で目覚めた時も童ノ宮に戻って来てからも――この時の情景がずっと頭から離れない。
こうやってお父さんが儀式の準備を終えて現れるのを待っている間も、頭の中でその時の映像が繰り返し再生されている。
落ち着け、落ち着くんや。
そう、うちは自分に言い聞かせる。
確かにお父さんも童ノ宮の神様も救える時ばかりじゃない。
だけどお父さんは本物の神職だし、神様――稚児天狗だって本物の神様や。
救えなかった人たちのその倍以上はいつも助けてる。
うちらのすぐ後ろにはゼナ博士と姫宮さん、そしてリョウがいる。
そして、祈祷所の外には二十人を超える青龍機関の「警備員」さん達が怪異が侵入してこないよう、守りを固めてくれている。
みんな、ユカリを守ろうとしてくれている。
それに、それにうちだっていざという時はうちだってユカリのために――。
#異能
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