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「……おい、キミカ」
と、小さな声で隣から肘をつつかれた。コウだった。
コウが視線を部屋の真ん中にいるユカリに固定したまま、うちに語りかけてくる。
「な、何よ、コウちゃん……。もうすぐお父さん来るねんで? 私語は禁止やろ……」
「――お前、今、いざとなったら外法を使おうとか思ってただろ?」
単刀直入。
思わずうちは顔を引きつらせてしまう。
「……な、何言うてんの? う、うちそんなこと思ってへんよ」
「言っておくけど――、お前が唱え事を始めたら僕がお前の舌を引き千切ってでも止めるか
らな。で、その後、その肉塊を喉に押し込んでやる」
淡々と平坦な声で脅迫を続ける従兄弟の横顔をうちは二度見。
右の頬に走る大きな傷を除けば王子様系とでも言うべき端正な顔立ち。冗談を言ってる様子は全くない。
「い、嫌やなぁコウちゃん……。そんなんされたら、うち死んでしまうて……」
「あ? 別に平気だろ。童ノ宮の神様が治してくれるんだから」
な、なんなんこの人。めっちゃ怖いねんけど。
それに、なんでうちはここまで嫌われとるんやろ。
訳がわからへん……。
うちが戦慄し身を震わせていると――物音ひとつ立てず、お父さんが祈祷所に入って来た。
平安貴族を彷彿とさせる立烏帽子をかぶり、童ノ宮の御神紋――中央で軸を重ね合わせた三つの独楽――が入った目も鮮やかな紺色の狩衣と白い袴という出で立ちで。
屈行と呼ばれる特殊な歩き方でお父さんは祭壇とユカリの前に進み出ると、御神体である天狗面に向かって深々と一礼。それから天狗の団扇を模した大幣を両手で持ち、頭上に向かって掲げ、童ノ宮心経の奏上を始める。
南無 大天狗小天狗十二天狗有摩那。
南無 秋葉大権現。南無 三尺坊大権現。南無 火之加具土神。
童ノ宮の由縁を申し上げる。
その昔、湯山の里に天の遣わした御子あり。
燃え盛る御姿でご慈愛を与え給う。
ふるふると震ふ亡者。
荒ぶる神。
隔てるたゆたう水面。
くるくると独楽のごとくに回りしは人の心と世のことわりの物語。
諸々の禍事・罪・穢・物の怪有らむをば焼き祓い給え。
燃やし清め給えとかしこみかしこみ申す。
オン アロマヤ テング スマンキ ソワカ。
オン ヒラヒラ ケン ヒラケンノウ ソワカ。
……やっぱりお父さんはすごいな。
普段の話し声とは違う、朗々として響く唱え言に耳を傾けながら、うちは静かに瞑目する。
この唱え言、童ノ宮心経は日本全国の霊山に鎮座する天狗達に修祓の開始を宣言、童ノ宮の成り立ちを語り、稚児天狗こと童形の神、カガヒコノミコトに助力を願うための詞。
だったら――、ここはやっぱりうちが一番がんばらんと。
家族は別としても、この中で一番ユカリのこと理解しているのは親友であるうちに他ならないのだから。
オン アロマヤ テング スマンキ ソワカ。
オン ヒラヒラ ケン ヒラケンノウ ソワカ。
一定のリズムで天狗の団扇の形をした大幣を左右に振りながら、お父さんが真言を低く唱え続けている。
異界――天狗道の存在、稚児天狗がうちら向けて言葉を「お告げ」として一方的に投げかけることはできても、対話をすることは基本、不可能。
流れが激しく、大きな川の対岸に立った人同士、会話を試みようとしても上手くいかないのと同じだ。
しかし、想いに想像力という燃料で燃え上がらせれば、異界の存在達とも心を通わせることができる、かもしれない。そして、それこそが祈りの本質――。
お父さんの言葉を思い出し、うちは自らの内側にある親友への想いをかき集め、その一つ一つを燃え上がらせてゆく。
長谷川ユカリ。うちの友達。うちが童ノ宮に来て初めて出来た友達。
ううん、人生で初めての友達。
自分のことはあまり話したがらないけれど、いつもうちのことを気にかけてくれていて、同じ歳なのにまるでお姉さんみたく思っている。
もちろん、ユカリはうちだけじゃなく他の誰に対しても親切だから、みんなからも好かれてる。男の子からも好かれてる。時々、焼きもちな複雑な気持ちにもなったりするけれど、そんなユカリも含めて、うちはユカリの全部が大好き。
だから神様、お願い。
うちの、ううん、うちらのユカリを怪異から今すぐに取り戻して下さい。
オン アロマヤ テング スマンキ ソワカ。
オン ヒラヒラ ケン ヒラケンノウ ソワカ。
いつの間にかうちは頭の中で真言を繰り返し、繰り返し、一心不乱に唱え続けていた。
そして――。
祈祷所の真ん中で、ケホッと小さく急き込む可愛らしい声が聞こえた。
うちは我に返り、目を見開いていた。そして、その焦点を部屋の真ん中に当てる。
#異能
#伝奇