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「あ、あの……!」
たまりかねて、うちは思わず二人の会話に口を挟んでいた。
「あれって――今回、うちに憑依してた怪異やんね? こ、こんなところで……あいつ、どないするつもりなん?」
「あれっ? ……私、さっき言いませんでしたっけ?」
にこやかな表情で姫宮さんは小首を傾げる。
「あいつ――、笑ひ岩はですね、分不相応にも神様としてお祀りされていたんです。下らない、臆病者の人殺しのくせに。生意気なことに神様としての待遇に不満を募らせ脱走したんです。そして、大勢の人を殺しキミカちゃん達を苦しめた……」
スッと姫宮さんの目が細められる。そこに冷たく暗い輝きが宿ったような気がした。
「だから、今回は温情的な措置は一切取りません。と言うか、最初からそうしておけば良かったんですよね」
片手を口に当てて姫宮さんがクスクス笑っている。
それを受けて、ゼナ博士がもう一度ため息をつく。苛立ちを押し殺したかのようなため息だった。
「とは言え、あいつを殺すことはできない。そもそも、ただの岩だからな。
ならばどうするか。答えは割とシンプルだ。……蘇る暇を与えなければいい」
と、ざらついたノイズ音がして――
「管制室、聞こえますか? こちら処理班。封印対象わー99の破片は全てバケットに収容済み。……まだ蠢いてる。……早く作業を開始したい」
「あ、お待たせしました!」
部屋に響いた作業員と思しき男性の声に姫宮さんが卓上のまいくに向かって明るく答える。
「ドカン、と派手にお願いします! あんなやつに無残に殺された、私達の同僚に皆さんの弔いだと思って――!」
「こら、どうして君が仕切るんだ姫宮アンナ」
呆れたように言ってゼナ博士がマイクを取り上げる。
「……こちら管制室、柴崎ゼナだ。……受信した。……霊毒の濃度上昇に注意して作業班はプロトコルB-12に従い、封印を開始」
「……了解」
ゼナ博士と作業員の機械的なやり取りの音声がグラウンド内にわんわんと反響。
それと同時に待機していた二台の重機車両が起動開始。
まず、油圧式車両が穴へと近づき、バケットの中身をガラガラと騒々しい音を立てて穴へと放り込む。
その瞬間、何百の欠片に砕かれた石の破片たちが一斉に叫び声をあげた。
ひぃいい、とか。うわぁああ、とか。ぎゃああ、とか。
その切り裂くような叫び声たちは、そのどれもがこの上なく悲惨で鼓膜が破けるかと思う程、甲高かった。
うちも目の前で人が殺されるところを見るのは二度や三度じゃないけれど、あれはきつい。
何がきついって――、断末魔だ。発するのが善人でも極悪人でも、それは耳にした者の精神の健康を確実に壊す。
過去の様々なあれやこれやが雑に切り裂かれ、うちは血の気が引くのを覚えた。指先が冷たくなり、全身の震えが止まらなくなる。
そうこうしているうちに――、油圧車両と入れ替わるようにして、ミキサー車が穴の縁までバックで近づいていった。
ミキサー車の後部にあるシュートと呼ばれる排出口から、ドラムの中で攪拌されていたコンクリートが流し込まれてゆく。
石達の甲高い叫び声は次第に息が詰まったようなくぐもったものに変わっていった。
それはあまりにも悲痛で――、思わず自分の胸を片手でかきむしってしまう。そうしなければうち自身が叫び出してしまいそうだった。
「あのコンクリートの中にはですね」
その地獄絵図を覗き込むように、身を乗り出していた姫宮さんが嬉々として言う。
「魔除けの呪符を焼き、灰にしたものを大量に混ぜてるんですよね。笑ひ岩は粉々の状態から一つに結合することもできず、呪符の力で死ぬよりも苦しい激痛に見舞われ続ける、という寸法です」
「呪符の効力は半年ほどだが、定期的にコンクリートを張り直してやれば、ほぼ永久に笑ひ岩を封印することができる」
言葉を引き継ぎ、ゼナ博士が続ける。
「とりあえず、この封印プロトコルを次の定例評議会に提出しなくちゃな。すんなり通るといいんだが……」
「通りますよ!」
即答する姫宮さんは右手を力強くサムズアップ。
その声はほとんど叫び声だった。
「プロトコルじゃなくてマニュアルに格上げして申請してもよかったぐらいです! きっと満場一致で採用ですよ! ――あははは! ホントいい気味!」
明るく甲高い声で姫宮さんが笑っている。
だけど、大きく見開かれた目はちっとも笑っていない。泣きはらした後みたいに真っ赤に充血していた。
……あかん。もう限界や。
「あ、そうだ! どうせならコンクリで固めたまま、高速道路にでも埋め直しません? あの害悪怪異の真上を車がビュンビュン走り抜けるんです! どうせならそれぐらいやった方が――」
「却下。それじゃ保安面で問題があり過ぎだ」
「えええっ? 絶対にそっちの方が面白いのに。……あ、そうだ。どこかの廃村で肥溜めの跡とかにあいつを流し込んで――」
「もういい加減にしてください!」
聞くに堪えず、うちは叫んでいた。
思いのほか、大きな声が出た。
部屋にいた人達、全員の視線がうちらに集中する。
ゼナ博士の形の良い眉がピクリと動き、姫宮さんがかわいい笑顔のまま固まっていた。
管制室に水を打ったような静寂が訪れ、窓の向こうからコンクリートで固められ続ける怪異の苦悶だけが聞こえていた。
「ぜ、ゼナ博士、姫宮さん――! お願いやから止めてください! いくらなんでもこれは趣味が悪いです! こ、こんなん、ただの拷問やないですか!」
大人に意見するなんて怖くて膝が震えたけれど――、もう、こうなったら後には引けない。血を吐くような勢いでうちは続けた。
「危険な怪異を封印せなあかん、って言うのはわかります! せ、せやけどこれは、こんなのは身動きもできへん相手を踏みにじり続けるような真似……! たとえ、それがどんな悪い怪異が相手でも――」
うちは間違っていると思います。
本当はそう言い切りたかった。
だけど、出来なかった。喉が詰まり、胸が痛くて。
息が乱れ、頭がくらくらとしてくる。
どうして、うちはこんな怖い場所におらなあかんのやろ?
うちだけじゃなくて、ゼナ博士も姫宮さんも、ここにいる他の誰でも。
こんな場所にいなきゃいけないほど、悪いことをした人がいるとは思えなかった。それがただひたすらに――、うちは悲しかった。
数秒間の沈黙の後。
「――は? ……何、寝言言ってんの?」
心臓に突き刺さるような冷たい一言。
我に返り、うちははっと息を飲む。
声を発したのは姫宮さんだった。
姫宮さんは能面をかぶったかのような無表情だった。さっきまでの愛嬌たっぷりの笑顔は、まるで別人のように影を潜めている。
姫宮さんは目を大きく見開いたまま、うちを凝視していた。その真っ黒で一点の光も射していなかった。
「趣味が悪い? 踏みにじるな? ……ねぇ、キミカちゃん、それ、誰に言ってんの? まさか、私達に言ったんじゃないよね? どうなの?」
姫宮さんの声がささくれ立ち、重く沈んでゆく。
うちは唇を噛みしめるしかなかった。
「誰に言ったのかって聞いてんだよ!」
いきなり、姫宮さんが怒鳴り声を張りあげた。
それはビリビリと耳朶を震わせ――、うちは気圧され全身を縮み上がらせていた。
ハァ、と小さく息を吐き、ツカツカと足早に姫宮さんが詰め寄って来る。
ぶたれると思い、うちはヒエッと情けない声をあげていた。
だけど――
「ほら、キミカちゃん。ベソかいてないでよく見て?」
咄嗟に顔をかばったうちの両肩を姫宮さんは、その見た目からは想像できないほど強い力でクルリとうちの身体を反転させる。
そして、窓の向こうの景色からうちが視線を外せないよう、ガッチリと顎をつかんで頭をロックしてくる。
「あいつは、笑ひ岩はただの怪異でただの岩なの。おじさんの顔が浮き出ていたり、飛んだり、歩き回ったりしてたの。ふざけた話だと思わない?」
ヒートアップしてゆく姫宮さんの問いかけにうちは答えられない。
「だけど、そんなふざけたやつが人を大勢殺したの。私達はそういうふざけた世界で生きてるの。踏みにじられてるのは、私達でしょ!? そうじゃないの? ねぇ、キミカちゃん! 何とか言ってよ!」
姫宮さんは激高していた。
執拗な炎のように糾弾されながら、うちは啜り泣き、目を閉ざす。
「アンナはね。こいつらに、自分のお誕生日にパパとママ、仲の良かったお友達を全員、殺されたの。全員、グチャグチャに繋ぎ合わされて外せなかったから――、全員、まとめて焼くしかなかったの」
耳元でヒソヒソと囁き続ける姫宮さんの言葉にうちの心臓はとまりそうになる。比喩じゃない。文字通りの意味だ。
このまま姫宮さんの言葉を聞き続けたら、うちは死ぬ。
ショック死する。
だけど、それの何が悪いんやろ?
こんな目に、こんな想いをし続けるならいっそ――。
「これぐらいの仕返し、別に許されるでしょ!? お願いだから許してよ! 認めてよ! でないと、私は!」
「――そこまでだ。姫宮アンナ」
姫宮さんの身体を抱きすくめるようにしてうちから引き離したのはゼナ博士だった。
「これ以上、キミカちゃんを責め立てるな。君がよかれと思って彼女をここに連れてきたのは理解できるが、まだ早いんだよ。まだ準備が整っていないんだ」
そう言ってゼナ博士はうちの顔をジッと見つめる。
グラウンドから照明のまばゆい光が差し込み、眼鏡を妖しく反射させていた。
「まだ、タイミングじゃないんだ。だけど、その時は必ずやって来る。境界線を飛び越え、こちら側に来るかその場にとどまるか。選択を迫られるその時がね」
……タイミング?
……境界線?
……選択を迫られる?
二人とも、一体何の話してるん?
姫宮さんから解放され、その場にヘナヘナと座り込みながらうちは思った。
「肝心なのはその時、我々が適切なサポートをキミカちゃんにできるかどうかだ。今、塚森家や稚児天狗の反感を買うような行動は今後の我々にとっても得策じゃない」
短い沈黙の後――。
「言われてみればその通りですね。さすがゼナ博士です」
また、姫宮さんの表情が変わった。いや、戻った。
すっかりと険が抜け――、うちのことをかわいいと言ってくれた、優しいお姉さんに姫宮さんは戻っていた。