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遥の手が震えながら蓮司の胸元を押し返したとき──それは抵抗でも拒絶でもなく、ただの“崩れ落ちる合図”のように感じられた。
「……ああ、最高だわ」
蓮司は、唇の端をわずかにゆがめる。
その頬には、遥の小さな手が残した、熱と痛みがあった。
けれど、そんなものはどうでもいい。
それよりも、今の遥の顔──歪んだ表情、濁った目、震える肩。
まるで、脳裏に焼きつく芸術作品のようだと、蓮司は思った。
(もう一歩。……あと、一段)
喉元に添えた自分の手をゆっくり引く。
遥は動かない。膝が抜けたまま、床に座り込んでいる。
「ねえ、遥。おまえ……日下部のこと、本気で好きだったの?」
返事はない。
「でもさ、おまえ、もう気づいてるだろ?」
耳元に、ささやくように。
「“触れたら壊れる”なんて、都合のいい嘘なんだって。
ほんとは、“おまえが欲しかった”ってことを、誤魔化してるだけなんだよ」
遥のまつげが震えた。
「日下部を、傷つけたくなかった? 汚したくなかった?
──違う。ほんとうは、おまえが触れられたかっただけだ」
「おまえが、欲しかったんだろ。あいつの優しさも、あいつのまなざしも。
それを自分で壊しておいて、“守りたかった”なんて言い訳するなよ」
蓮司の声には、もう熱も怒りもない。
ただ、淡々と、事実を読み上げるように。
遥は、小さく息を飲んだ。
「なあ、遥」
蓮司は、しゃがみこんで視線を合わせる。
「自分を、許せないんだろ?」
遥の瞳が、少しだけ揺れた。
「でもさ、もっと悲しいこと、教えてやろうか」
「──俺は、おまえのこと、ぜんぜん嫌いじゃないんだよ」
遥の表情が、一瞬だけ止まった。
「壊れてるおまえを見てるの、……ほんとに、飽きない」
その瞬間、遥の顔から、すべての表情が落ちた。
涙だけが、静かに、頬を伝っていた。
蓮司は立ち上がり、何も言わずにその場を離れた。
振り返ることなく。
崩れ落ちた遥を、床に置き去りにして。
それで終わりだ。
──今回の仕上げは、完璧だった。