翌日の朝、東京から荷物が届くと、美宇はすぐに片付けを始めた。
月曜から仕事が始まるため、週末のうちになんとか住める状態にしたい。
何もないガランとしたアパートは、少しずつ部屋らしくなってきた。
キッチンのそばにカウンター式の食器棚を置き、その横に小さなダイニングテーブルを設置する。
チェストは、窓際の壁に配置した。
テレビは持っていなかったが、ラジオはよく聞くので、長年愛用している白いラジオをカウンターの上に置いた。
美宇がラジオをつけると、お気に入りの曲が流れてきたのでご機嫌になる。
テンポよく作業を進めたおかげで、荷物は思ったよりも早く片付いた。
気づけば、すでに午後二時を過ぎていた。
朝食に菓子パンを二つ食べただけだった美宇は、そこで作業を終えて外出することにした。
今日はバスで少し遠くまで出かけてみようと思った。
美宇が玄関を出ると、ちょうど隣の部屋のドアも開いた。
「あ……」
その部屋は、昨夜挨拶に行ったら留守だったので、美宇は慌てて玄関に置いていた粗品を手に取り、隣へ向かった。
「あの……」
声をかけると、女性がドアの陰から顔をのぞかせた。
「あっ? もしかして、新しく入った方?」
女性は美宇と同年代で、ジーンズにネイビーのパーカーを着ていた。
長いストレートヘアと日焼けした肌が、健康的な印象を与えていた。
「初めまして、七瀬と申します。今朝は引越しでうるさくてすみませんでした」
「ううん、全然気にならなかったわ。あ、関谷絵美(せきやえみ)です」
「よろしくお願いします。あの、これ、つまらないものですが……」
「わぁ、わざわざありがとうございます」
「お出かけですか?」
「うん、職場に忘れ物しちゃって……」
「職場?」
「そう。私、クジラウォッチングの船で観光案内をしてるの」
「え? クジラ……ですか?」
「そう。あれ? もしかして、地元の人じゃない?」
「はい。東京から来ました」
「えーっ、そうなんだ。私も東京出身!」
「わ、同じですね」
「同郷だね。じゃあ、今度見においでよ。クジラだけじゃなくてイルカも会えるよ」
「わぁ、ぜひ」
「ふふっ、じゃあ、行ってきます」
「あ、行ってらっしゃい」
女性は笑顔で手を振り、アパートの前に停めてあった車で出かけていった。
(素敵な人だな……)
隣人が感じの良い女性だったことに、美宇は嬉しくなる。
「よし、私も出かけようっと」
そうつぶやくと、美宇はバスに乗り、斜里町の中心部へ向かった。
しばらくバスに揺られていると、駅の近くに小さな道の駅が見えたので、そこで降りてみる。
道の駅は観光案内所のような雰囲気で、さまざまな情報が手に入った。
その向かいには飲食店や土産物屋が入った建物があり、美宇はそこへ入ってみることにした。
そして、まずは飲食店へ向かう。
(わぁ、美味しそうな海鮮丼……あ、ほっけ定食もある……)
空腹だった美宇は、そこで食事をすることにした。
悩んだ末、ほっけ定食に決めた。
しばらくすると、驚くほど大きくて脂ののったほっけが運ばれてきた。
(美味しい~、最高!)
あまりの美味しさに、あっという間に完食してしまう。
満腹になり満足した美宇は、次に土産物屋を見て歩いた。
店内には地元の主婦も利用しそうなほど、食材や総菜類が豊富に並んでいた。
美宇もいくつか買い物をする。
買い物を終えて外に出ると、ソフトクリームののぼりが目に入った。
(北海道のソフトクリームって、絶対美味しいよね)
美宇は我慢できず、ソフトクリームを注文した。
アイスを受け取ると、通り沿いのベンチに座って食べ始める。
(思った通り濃厚で美味しい……)
笑顔でソフトクリームを食べていると、突然目の前に車が停まった。
その車は、昨日美宇が乗せてもらった朔也の車だった。
助手席の窓が開くと、朔也が声をかけてきた。
「こんにちは。荷物はもう片付いた?」
アイスをペロペロとなめていた美宇は、急に恥ずかしくなって頬を赤らめた。
「昨日はありがとうございました。はい、なんとか片付きました」
「それはよかった。買い物?」
朔也は、美宇の手元にある買い物袋を見て、そう尋ねた。
「あ、はい。美味しそうなものがたくさんあったので、つい……」
「ははっ、この町の食べ物が気に入ったようでよかったよ。もう買い物は済んだ?」
「はい」
「じゃあ、送っていくよ」
「え?」
「僕も今帰るところだから」
「い、いえ……大丈夫です。バスがありますから」
「遠慮しないで。あ、アイスはゆっくり食べていいからね」
そう言って、朔也は敷地内の駐車場へ車を移動させた。
(どうしよう……)
子供みたいに夢中でアイスを食べる姿を見られてしまい、美宇は恥ずかしさでどうにかなりそうだった。
すると朔也が車を降りて、ベンチの隣に腰を下ろした。
「知床の方にも行ってみるといいよ。また違った風景が楽しめるから」
「あ、はい。落ち着いたら行ってみます」
「寒くなる前にね」
「はい」
美宇は朔也を意識しながら、急いでコーンの部分を食べ始める。
それに気づいた朔也が言った。
「僕はそのコーンより、もう一つのコーンの方が好きだな……」
最初はその意味がわからず戸惑っていた美宇だったが、すぐに気づいてこう答えた。
「少し硬めの方のコーンですか?」
「そう。あれって何ていうんだっけ?」
「ワッフルコーン……かな?」
「ああ、あれはワッフルなんだ。なるほどね……」
朔也がしみじみと言ったので、つい可笑しくなり美宇は笑ってしまう。
それでも朔也は気にせず話を続けた。
「このコーンはすぐフニャッとなるけど、ワッフルの方はアイスが染みてもサクサクで香ばしいからいいよね」
持論を語る朔也を見つめながら、美宇は思わずクスクスと笑った。
著名な陶芸家らしからぬ話題が、なんだかミスマッチで可笑しかったのだ。
「笑ったな」
「すみません……」
そこで二人は同時に声を上げて笑う。
美宇はアイスを食べ終えると、朔也にアパートまで送ってもらった。
コメント
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まりこ先生、心恋のショートドラマの配信スタート、おめでとうございます🎊 とても好評価でゆっくりできそうな週末に見せていただきます😊✨💕
お隣の絵美さん、素敵な方でよかった☺️ そして買い物先で朔也さんとアイス🍦を堪能🎉 頬を赤らめて無邪気に笑う美宇ちゃんがかわいい💕って朔也さんも思ってるよね🥰😘
お隣さん、良い人そう🙌同じ東京出身だし仲良くなれそうですね😊クジラウォッチング🐳美宇ちゃんもそのうちに行ってみてほしい、もちろん朔也さんと❤️ 朔やさんはワッフルコーン好き🤭 クールな感じを想像してたので意外でした😊