テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「ちょ、ちょっと待ってよコウちゃん……。塚森を抜けるってどう言う意味なん? 本気ちゃうやんな……?」
立ち去ってゆくコウの背中を目で追いかけながら、うちは震える声でそう呼びかけたが返事はなかった。
冷や汗が滝のように背中を流れていた。呼吸が浅く、早くなって息が苦しい。胸がギュッと締め付けられて、痛い。ボロボロ、ボロボロと涙があふれて止まらなくなる。
またコウを怒らせてしまった。
似たような展開はこれまで何度もあったけれど、今回は本気で怒らせてしまった。
確かにうちは馬鹿だし、コウやリョウみたいに捨て身になって戦えるタイプじゃない。いや、はっきり言って弱い。
だけど、それでも……。
自分にとって大事な人の役に立ちたい、守りたいって思う権利すらうちにはないん?
「なぁ、キミカ。お前にもいろいろと言いたいことはあるが――、取りあえず肩の力を抜け」
いつの間にか、うちの座っているベッドの真横にリョウが立っていた。そっと左腕をうちの背中に回し、肩の僧帽筋の辺りに優しく触れてくる。そして、そのまま親指と人差し指を使ってグリグリと揉みくだし始める。
「ちょっ、リョウ!? 痛いって! ちょ、ちょっと気持ちええけど――でも痛いって!」
「お前、まだ若いのにガチガチだな」
「そ、それはコウちゃんが大きな声でまくし立てるから、怖くて……。つい身体が強張ってしもて……」
「肩凝りを甘く見るなよ、キミカ。酷くなれば頭痛を引き起こすし、古今東西、あらゆる病魔は憑依した人間をまず頭痛にするからな」
「え、ウソやろ。ひょっとしてうちにも何か憑いてたりする?」
さっきとは別の意味でうちは泣きそうになる。
一拍間を置いて、リョウがポソリと言った。
「コウの言ったこと、確かに言い方は酷いが――俺も大体、同じ気持ちだ。多分、レイジも」
思わずその言葉にハッとなってうちはリョウを振り仰いだ。真っ直ぐにリョウはうちを見返していた。
「だけど、お前の言い分もよく分かる。お前はちょっと生前の稚児天狗、カガヒコに似ているのかもな。いろいろあって俺はあいつに直接仕えていたが、とにかく自分のことより他人のことだったよ。……まだほんの子供だったけどな」
リョウの声色が少し濁る。
目を伏せたリョウは唇を強く噛みしめていた。
「だけど、まあ――コウの言うことだって間違っちゃいない。あいつは、お前が傷つくのが怖いんだよ。サヤカの……母親が辿った末路を考えたら、あのきつい言動も理解できなくはないだろ?」
「そ、それは……」
リョウの指摘にうちは何も言えなくなる。
コウの母親――、塚森サヤカさん。
お父さんの妹で、塚森家の長女だった人。うちにとっては叔母さんに当たる人だ。
やっぱり組織関連の仕事を請け負っていた人で、コウを連れてとある怪異を鎮めようとして事故に遭い、命を落としたのだ。
うちがサヤカさんと直接会ったのは、ほんの数回だったけど、とても明るくて天真爛漫、笑顔の綺麗な女の人だったと思う。
「一つ質問だが――、キミカは別に痛いのが好きって訳じゃないよな? だったら、全然話は変わってくるんだが」
真顔で変なことを聞いて来るリョウに思わず、うちは絶句していた。
「あ、あんた、いたいけな女子中学生に何聞いてんの?」
「違うのか?」
「違うに決まってるやろ! うちかて、別に痛い想いなんかしたくないわ!せやけど、背に腹は代えられへん状態ならどうしようもないやんか」
「だよな。だけど、発想を変えて――術者であるキミカの身体的、精神的ストレスを極限まで和らげることができたら、どうだ?」
「どうだって……。うち頭悪いから、ようわからへん」
そうだよな、と頷くリョウにうちはちょっとムカつく。
だけど、当の本人は口の中で何やらブツブツ呟きながら、天井を見上げたり、逆にジッと足元を凝視したりしていた。
リョウが何かを考え事をしている時の癖だった。
「ホンマ、一体なんなん……」
「いや、誰にとってももっと幸せなやり方が見つかるかもしれないって思ってな。……手伝ってくれそうなやつに心当たりもできたし」
「……心当たり?」
誰なんそれ? と尋ねようとした時――、そっとリョウがうちの頭を柔らかく抱き寄せてくる。それは思った以上に優しく、暖かで。
まるで、小さい子供みたいな扱われ方だった。気恥ずかしくて、うちは顔から火が吹き出しそうになる。
「ま、どっちにしろ今日明日でどうにかなる話じゃない。その間、コウも頭を冷やせばいいさ」
それからリョウは静かに目を瞑り、囁くような声でこう付け加える。
「しばらくは心身を整えることだけに集中だ。できるだけゆっくりな。その間、お前のことは俺が――、いや、俺だけじゃなくて大勢のやつが見守ってるからな」
「……うん」
うちは素直に頷いていた。
すると心の奥底から強張りが解けて――、静かだけど背の高い津波のような睡魔がうちに襲いかかって来た。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
#異能
#伝奇