テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「――キミちゃん!」
明るく弾んだ声とともに背中をポンッと叩かれ、その場でうちは小さく飛び上がる。心臓をバクバクさせ、涙目になりながら振り返ると――
「あっ、ごめん。そこまで驚くとは思わなくて……」
「ユ、ユカリ……! あんた、もう動き回って大丈夫なん?」
思わず声がうわずった。
手を前に出したまま、気まずそうな表情を浮かべているのはうちと同じ制服姿長谷川ユカリだった。
本当なら飛び付いて抱きしめ、大声で泣きだしたかったけど何とか思いとどまる。
「今日からキミちゃんも学校? 今回はお互い、本当に酷い目に遭ったよねぇ」
同級生とは思えないほど大人びて綺麗な笑顔を見せるユカリ。
ユカリは自分が怪異に肉体を乗っ取られ、傀儡と化していたことを覚えていない。彼女の家族も同様だ。それどころか、ユカリ捜索に協力してくれたクラスメイトや教員、その他の関係者も事件については一切の記憶を失っている。
ゼナ博士の主導で、白虎機関、朱雀機関の職員たちが協力し合い、彼らの記憶の改竄を行ったからだ。
つまり、失踪したユカリが笑ひ岩に取り込まれていたという事実は伏せられ、「キミカと家族ぐるみで山キャンプに行き、手違いで二人が遭難した」という事故として処理されたと言うわけ。
こんな強引で、下手をすれば暴力的とも受け取られない処理が秘密裡に行われたのは、その方が組織の今後の活動にとって都合がいい、というだけじゃない。
少しでも怪異と関わった記憶は、たとえ本人がそれと自覚できていなくても、別の怪異との縁を生じさせる可能性がある。怪異の記憶など、本当は誰もが忘れ去った方がいいのだ。
だけど、そうだとすれば――
「だけど、キミちゃんがいてくれて助かったよ。あの時、一人だったら私絶対泣いてたもん」
「…………」
「ん? どうしたの、キミちゃん? 黙り込んじゃって」
「あ、あんなユカリ……、うちな……」
うちはもう、ユカリと一緒にいない方がいいのかもしれへん。
だって、うちは鬼味果やから。
鬼に味あわせるための果実やから。
これまで遭遇してきた怪異達も、きっとうちが無自覚のうちにまき散らした霊毒が呼び水になっているのだとしたら。
誰かを救うどころか、うちこそが――。
「げげっ、やばーい!」
と、ユカリが腕時計をを確認し甲高い声をあげた。その素っ頓狂さにうちもハッと我に返る。
「キミちゃん、歩きながら話そ!あんまり、ここでゆっくりしてたら遅刻しちゃう!」
「え……」
うちが返事をする間もなく、ユカリが手を取ってくる。そして、そのまま通学路を歩き始める。
あぁ、いつものユカリだ。笑ひ岩はどこにもいない。
#異能
#伝奇
うちの右の手首をしっかりと、だけで優しくつかみ、ズンズン前へ前へと進んでゆく。
ここでうちは心底ゾッとするような事実に気がつく。
今回、リョウたちのお陰で笑ひ岩を撃退できたかもしれないけれど、いつ、新たな怪異が浮き上がってくるかはわからない。
来年かもしれない。三か月後かもしれない。
ひょっとしたら明日かも、三十分後かも知れない。
だったら、うちは一人でどこかに閉じこもっているべきだろう。
誰かを巻き込んで、怪我人や死人が出る前に。
頭ではそう理解していた。
だけど、どうしてもうちはユカリの手を振りほどくことができなかった。
やがて校門が見えてきて――
「やっぱり、ギリギリだったね。田舎って、どうしてこう移動に時間かかるのかな。路線バスの数、増やせばいいのに……」
キミちゃんもそう思わない? とユカリが苦笑しながら振り返る。
「え? どうしたの? 手、強く引っ張り過ぎた? ……キミちゃん、泣いてる?」
ユカリに顔を覗き込まれ、慌ててうちは首を振った。
「う、ううん。大丈夫」
ユカリを心配させるのが嫌で、うちは笑おうとした。
だけど、上手くいかなかった。
「うちはいつもこんな感じやから……」
二十日ぶりに顔を出した学校は、何だか違う世界に見えた。
先生やクラスメイト達はみんな優しくて――、グループの違う、普段はあまり話をしない子達も気を遣ってくれて、何か辛いことがあるならすぐに言いなよ、と声までかけてくれた。
最初は緊張していて、何かある度に――ほんの些細なことでも、ずっと冷や汗が出ていた。けれど、時間が経つうちにだんだんと慣れてゆき、昼休みになった頃にはみんなと冗談を言い合えるようになっていた。
そして、放課後――。
「ごめん、キミちゃん。今日は先に帰ってて。私、家のことで先生と話さなきゃいけないことあって……。ウチの親ね、多分、離婚するから」
「えっ。そ、それって――」
「多分、今の家は出ることになると思うけど――、田舎あるあるで親戚が童ノ宮にはたくさんいるんだよね。そっちでお世話になるから引越しとかはなさそう。少なくとも高校受験までは」
「そ、そうなんや。で、でも……」
「うん。そういうことだからあんまり心配しないでね。――じゃ、また明日」
屈託のないユカリの笑顔にうちは学校から追い出されていた。