驚きで言葉を失っている総務部の面々を置き去りにして、俺と咲は通りかかったタクシーに乗り込んだ。
料亭での咲の飲むペースが早いことには気が付いていたし、心配もしていたが、まさかあんな大胆な行動に出るほど酔っていたとは、思ってもみなかった。
けれど、タクシーの運転手に自宅の住所を伝える声からすると、さほど酔っている様子もなかった。
タクシーが走り出すと、『着いたら起こして』と言って、咲は目を閉じてしまった。
やっぱり、酔ってるんだよな――?
酔っていたからだとしても、咲が俺との関係を明らかにしたことは驚いたし、嬉しかった。俺は咲のものだと言われ、興奮もした。
マンションに着いて目を覚ました咲は、『メス』の顔になっていた。
咲は無言で俺の手を引き、ベッドへ導いた。少し強引に俺のネクタイを外すと、いつかの俺が咲にしたように、俺の目を隠した。
「おいっ」
ネクタイを外そうとする俺の腕に、冷たい何かが触れた。背中で腕を縛られ、力を込めると締め付けられて痛い。
「咲、何す――」
カチャカチャとベルトが外される音がしたかと思うと、すぐに股間が涼しくなった。
そして、今度は生温かくて滑らかな感触に、激しい熱を帯びる。
咲の舌の動きで、一瞬にして俺の『オス』が呼び起された。
目が見えないから、咲が何をするのか読めず、身構えることも出来ない。
ヤバい……。
目隠しされた咲がいつも以上に感じていたのも納得だ。
快感に身を強張らせると、腕に食い込んで痛い。見えない痛みと快感に攻められて、情けないほどあっという間に、俺は果ててしまった。
「咲、これ外し――」
俺の口を塞いだのは、咲の手。
咲の唇が俺の耳たぶを咥え、もう一方の手は俺のシャツのボタンを外していた。
咲の唇が耳から顎、首筋を伝い、下へ下へと降りていく。唇が重ならないことがもどかしい。
「ねぇ?」と、何の前触れもなく咲の声が耳元で響いた。
「女の子たちに触られて、感じた?」
咲が嫉妬した――?
昔の女の話をしていた時も不機嫌にしていたけど、あんな可愛い反応とは違う。
「少しくらい、つまみ食いしたくなった?」
聞いておきながら、咲の手は俺の口を塞いだまま。
「若い子が……欲しくなった?」
咲が俺に跨り、俺はなすすべもなく咲の中に挿入っていく。
「でも、させないから」
咲が俺の口から手を離し、首に腕を回した。咲の髪が頬をくすぐる。
「絶対、誰にも渡さないから――」
咲の奥の熱で、逆上せそうだ。
咲の甘い声で、痛みを忘れた。
俺は、腕に巻き付くものを力いっぱい引き千切って、咲の腰を抱いた。
「蒼っ!」
ネクタイを外して、咲の瞳を見つけた。彼女のうなじに腕を回して、グイっと引き寄せる。
貪るようにお互いの舌を絡め合って、息苦しさで頭がぼうっとした。
「も……無理――」
咲が力なく俺の肩にもたれかかる。
「俺が欲しいのは、お前だけだよ……」
俺は力の限り、咲を突き上げた――。
*****
コーヒーの香りで目が覚めたが、昨夜の余韻に浸って俺は再び目を閉じた。けれど、すぐに一人のベッドの冷たさに寂しさを感じ、咲を求めてリビングに行った。
「おはよう」
咲はマグカップを片手に、ノートパソコンを操作していた。
「はよ」
「コーヒーは?」
ノートパソコンを閉じようとキーボードから手を離した咲の左手に、指輪を見た。
昨夜もそうだったが、俺が渡した指輪の居場所が、咲の左手の薬指なのが嬉しかった。
俺が会社中に見せつけたいって言った時、咲は誰にも言いたくないと言った。
あんなの、見せつけるどころじゃないだろ――。
「いい。顔洗ってから、自分でやる」
俺はだらしないにやけ顔を見られないように、リビングを出た。
顔を洗う時に、洗面台に置かれた時計で時間を知った。
七時二十分。
「咲、朝ご飯てもう作った?」
カップにコーヒーを注ぎながら聞いた。台所は整然としていて、料理をした様子はない。
「ううん、まだ。お腹空いた?」
「いや、たまには外で食おうか」と、俺は提案した。
「明日の昼にはフィナンシャルに行かなきゃいけないから、それまでデートしよう」
思えばいつもどちらかの部屋で会うばかりで、二人で外に出かけたのは札幌でだけだ。
それに、俺と咲はしばらく会えなくなるだろう。
「着替えてくる」
咲はそそくさとリビングを出て行った。
俺は咲が座っていたソファに腰を下ろし、カップに口をつけた。スマホのロックを外すと、メッセージが五件と、メールが三件届いていた。
メールの一通は、会員登録しているホテルからで、リニューアルオープン三周年イベントの知らせだった。俺はすぐにメールに記載されている番号に発信した。
今日のデートプランは決まった。
咲の準備が整うと、俺の部屋に着替えに帰った。
シャワーを浴びていた十数分間の間に、リビングの空気が変わっていた。寝室から掃除機の音が聞こえた。
「いいよ、そんなん」と。俺は着替えながら言った。
「なら、自分でちゃんと掃除して」
「はーい」
俺のやる気なさそうな返事に、咲は呆れ顔でため息をついた。
「さ、行こうか」
今日は車を出した。
咲を乗せるのは二度目。いや、三度目か?
俺自身、東京で暮らし始めてから、数えるほどしか運転していなかった。昨年、京都で買い替えたSUVは気に入っていたが、忙しくて遠出をすることもなかった。
「どこに行くの?」
「お楽しみ」
俺はブルートゥースでスマホの音楽を車のスピーカーで流し、南青山方面に車を走らせた。
「昨日……、ごめんね?」と、咲が外を眺めながら言った。
「ん?」
「手首……」
シャワーを浴びている時に手首の傷が沁みたが、昨夜の咲を思い出すと痛みよりも興奮を感じていた。
サイドミラーを見ると、咲が恥ずかしそうに口を結んでいた。
「仕事中にこれ見てにやけないようにしなきゃな」
「ばか……」
「そういえば、俺が壊したのって何だった?」
昨日は夢中過ぎて、縛っていたのが何だったのか、気にもしなかった。
「ああ……。指輪を通してたチェーン」
「つけてくれないと思ってたけど、持ってはいてくれたんだ」
なるほど。
昨日、会社や店では指輪をしていなかったのに、帰り際になって指輪をしていたから不思議に思っていた。
「ちゃんと虫よけの役割を果たしたでしょ?」
「意味が少し違うけど……」
「蒼が言ったんじゃない。自分のもんにコナかける奴はみんな虫、だって」
『邪魔になったら手を離して』って言ったり、『あなたは私のもの』って態度を取ったり、咲には振り回されてばかりだが、それが嬉しかった。
俺ってMの気があるのか――?
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