誰もいなくなった裏門の木の陰で、真子はただ茫然と立ち尽くしていた。
そして一筋の涙が頬を伝う。
今までの自分は全く何も考えていなかった…拓の苦しみの事など…
(自分が拓を苦しめている)
真子は、拓の仲間や美紅が言っていた事は真実かもしれないと思った。
拓はずっと我慢してくれていたのだ。
そしてその我慢はこの先も続く。
それは、思春期の男子にとっては拷問のような日々かもしれない。
(私は自分の事ばかりで拓への思いやりが欠けていた)
真子は自分の身勝手さを恥じた。
そしてそんな自分に嫌悪感を抱く。
『拓の為に身を引く』
美紅が言った言葉が、何度も真子の頭を過る。
(拓には自分なんかじゃなく、もっとふさわしい相手がいるのかも。私と付き合っていても拓を苦しめるだけかもしれない)
その時真子の頭に、父の転勤の事が思い浮かんだ。
(私が北海道に行けば、拓を自由にしてあげられる。拓の隣に相応しいのは、私じゃなくてもっと拓を大事にしてくれる人、そ
して拓の要望を何でも聞いてあげられる人なのかもしれない…)
真子の瞳からはとめどなく涙が溢れていた。
そして真子は決心する。
(北海道へ行こう…そして拓を自由にしてあげよう……)
真子は心の中でそう呟くと、北海道行きを決心したのだった。
その日自宅に帰り、家族三人で夕食をとっていた真子は箸を置いてから言った。
「私、お父さんと一緒に北海道に行きたい」
突然真子がそんな事を言ったので、保と英子は驚く。
そしてすぐに保が言った。
「本当にいいのか? 北海道の大学になるかもしれないんだぞ?」
「うん、大丈夫。お父さんの赴任先の近くにある大学を受けるわ。だから、岩見沢の大学病院の先生に手術してもらえるようお
願いして下さい」
真子は父に向かって頼んだ。
真子の真剣な眼差しを見た保は、
「よし、わかった、早速手配するよ。じゃあすぐに引っ越しの準備をしないとだな」
「まあ、一気に忙しくなるわね」
母の英子はなんだかウキウキしている。
やはり父一人をを単身赴任させるのは心配だったのだろう。
その夜三人は、引っ越し先の北海道の話で盛り上がった。
憧れの地でもある北海道で暮らすという事は、真子にとっても楽しみだった。
夕食を終えた後、真子は風呂に入ってから心臓の痛みを訴える。
色々な心労が重なり、急激に症状を悪化させたようだ。
救急車を呼ぶほどではなかったが、念の為保の車で病院へ向かった。
杉尾医師が一ヶ月間のアメリカ出張中だったので、代わりの医師が診察してくれた。
そして真子はそのまま大事を取って入院となる。
真子が入院している間に、北海道移住への準備が進み始めた。
心配していた真子の転校先については、岩見沢市の私立高校から受け入れOKの返事が来たので、
母の英子は鎌倉北高校へ出向き早速転校の手続きを取った。
それと同時に担任への挨拶と、真子の私物の引き取りを済ませる。
岩見沢の大学病院の心臓外科医には既に連絡を取り、引っ越したらすぐに診察を受けられる事になった。
転院については、杉尾医師不在のまま手続きが行われた。
代理の医師が、紹介状や真子のこれまでの治療経緯を記したカルテの写しを用意してくれた。
一番気が重かった転院の手続きも、保の転勤を理由にするとあっさりと話が通ったので拍子抜けしたくらいだ。
こうして移住へ向けての準備は着々と進んで行った。
突然学校を休み始めた真子の事を、拓と友里、そして敦也や慎太郎、香も心配していた。
昨日までは何も変わった様子がなかった真子が突然体調不良で休んでいる。
五人は真子の心臓病が悪化したのかと不安になっていた。
拓と友里が真子にメッセージを送ったが、返事はない。
あの日拓は一度裏門を離れ、美紅がいなくなった頃に再び裏門で真子を待ち続けたが、
いつまで待っても真子は現れなかった。
(あの時具合が悪くなっていたのか?)
拓はそう思うと悔やんだ。
教室から真子と一緒に帰れば良かったと。
拓は昨夜真子に電話をかけてみたが携帯の電源は切れていた。
そうしたら今日になって休みだと担任から聞いた。
(大丈夫なんだろうか?)
拓は心配になり、その日の放課後真子の自宅へ向かった。
コメント
1件
真子ちゃん、違うって‼️‼️こんなふうに離れることこそが拓君に苦しみを与えることになるんだよ💢 自分が拓君の立場だったらって考えてみてよ‼️ 真子ちゃんの気持ちも拓君への対応も辛すぎる😭😭