真子の家のインターフォンを押すと、母親が出て来た。
「あの…真子さんと同じクラスの長谷川です」
「ああ長谷川君ね。真子からいつも聞いていますよ。真子がお世話になって…」
「いえ…具合が悪いと先生から聞いたので心配で…」
「あらまあわざわざありがとうございます。今ね、入院しているのよ。でも心配するほどの事じゃないから安心して下さいね、
用心して入院しているだけだから。長谷川君が来た事は伝えておくわ」
「それなら良かったです。あ、じゃあこれ、今日の授業のノートです。真子さんに渡して下さい」
「ありがとう。助かるわ」
「あの…病院にお見舞いに行っても大丈夫ですか?」
「ごめんなさい。絶対安静って言われていて家族以外は病室に入れないのよ。でも普通にしているから心配はしないでちょうだ
いね。あ、友里ちゃん達にもそう伝えておいて下さいな」
「わかりました…」
拓は真子に会えないと知り、がっかりした様子だった。
「わざわざ来てくれてありがとう」
「いえ、では失礼します」
拓はそう言うと、ペコリと頭を下げてから真子の家を後にした。
母の英子は拓の姿が見えなくなるまで見送った。
(優しそうな素敵な子じゃないの…)
英子はそう思いながら玄関のドアを閉めると、ダイニングへ戻り椅子に座った。
そして重いため息をつく。
英子は真子に言われていた。
『もし拓達が病院に来るって言ったら会えないって言ってね。入院している姿を見られたくないの。お願いお母さん』
英子は真子が嘘を言っている事はわかっていた。
普通そんな事くらいで、仲の良かった友人の見舞いを避けるはずはない。
きっと母親には言えない事情があるのだろう思ったが、英子は娘の望み通りにするしかなかった。
なぜなら、これ以上余計なストレスで娘の心臓に負担をかけるわけにはいかないからだ。
しかしさすがに胸が痛む。
優しくて誠実そうな青年を騙す事になってしまったからだ。
次の日、英子は病院へ行くと、昨日拓が来た事を真子に伝える。
それを聞いた真子は、悲痛な表情をしたまま黙り込む。
「嘘をついて良かったの? ちゃんと挨拶をしてから北海道へ行った方がいいんじゃない?」
「ううん、いいの。会うと辛くなるから」
「せめて友里ちゃんにだけでも」
「友里には引っ越しの日に連絡するわ」
娘が強がっている事はわかっていた。せめてこの子を健康な身体に産んであげていたら、
こんな辛い目に合わせずには済んだのにと英子は自分を責める。
その日の夜、真子は病室の布団の中で声を殺して泣いた。
目を瞑ると頭の中に拓との楽しい思い出が次々と蘇ってくる。
付き合おうと告白された日の事
初めて手を繋いだ日の事
頬にキスをされた日の事や初めてのキス
拓との楽しかった思い出が、
次々と走馬灯のように頭の中を駆け巡る。
そのどの場面も真子にとっては切なくて愛おしい。
その夜、真子は涙が枯れるまで泣き続けた。
そしていよいよ引っ越し前日になった。
真子は昨日病院を退院した。
引越しの荷造りは、ほとんど父と母がしてくれた。
明日の引っ越しに備え、体力が落ちていた真子は夕食を取ると早めにベッドへ入った。
真子がベッドに入った直後、宮田家のインターフォンが鳴った。
母の英子が玄関を開けると拓がいた。
「夜分にすみません。真子さんはもう退院されたのでしょうか?」
「ええ、昨日退院して今日はもう寝てしまったのよ。体力が落ちていてまだ本調子じゃないみたいで」
拓はとりあえず真子が退院したと聞き、ホッとした様子だった。
「そうですか。あの、学校にはまだ?」
「うん……当分は自宅療養なの」
英子は嘘をつくのが心苦しかった。
「あの…じゃあこれを真子さんに渡して下さい」
「あ、はい…これは?」
「渡していただければわかると思います」
拓はそう言って小さな箱を母の英子に託した。
「では失礼します」
拓はそう言ってペコリと頭を下げた。
「わざわざありがとう。気をつけて帰ってね」
「はい」
拓は元気よく返事をすると、自転車に乗ってその場を後にした。
そんな拓を見送りながら、英子は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
英子はすぐに二階へ上がり真子の部屋をノックしようとしたが、
(もう寝ちゃってるわね)
そう思い小箱を手にしたまま一階へ戻る。
そして小箱をダイニングテーブルの上に置いた。
その頃真子は、まだ眠れずにいた。
インターフォンの音と玄関先から聞こえてくる母の声、それに拓のくぐもった声を聞いて涙が溢れる。
(拓、ごめんなさい……あなたの事が大好きだからこうするしかないの…許して、ごめんなさい)
その時玄関が閉まる音が聞こえた。
その瞬間、真子は声を押し殺して号泣した。
コメント
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辛いのは真子ちゃんだけじゃない。これから急に真子ちゃんがいなくなって理由も真実も何も知らない拓君の辛さを考えて欲しかった。 美紅の言葉が拓君の気持ちの代弁ではないのになぜ1人で完結しようとするかなー⁉️ そこは真子ちゃんの弱みでもあり不誠実さでもあると思う。