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「えっ、何ッ……!?」
思わず身をすくませ後退ったうちの背中にはゴツゴツとした岩肌の感触が当たる。上からチョロチョロと水の流れ落ちる音が聞こえ――。
たった今、出て来たばかりの祈祷所の入り口は闇に飲み込まれていた。
と、その時だっった。
ジャラジャラと金属がこすり合い、うち鳴る音が聞こえた。
岩壁に背をついたうちの首筋に氷のように冷たくて硬いロープ状のものが絡み付いて来る。
それは鎖だった。
表面を黒く焼き上げ、触れただけで肌を傷つけられるようささくれ立たせた長い鉄の鎖。
うちはそれをよく覚えていた。
と言うか、忘れたくても忘れられるはずがない。
塚森家に引き取られるまでずっと、うちはこの鎖に繋がれていたんだから。まるで動物みたいに。
頭の中が真っ白になり、全身の水分が蒸発して行く感覚に身の毛のよだつ。
「い、嫌ッ! 嫌やぁああ!」
かすれた悲鳴をあげながらうちは喉に食い込んで来る黒鎖を外そうと両手を伸ばしていた。だけど、ささくれに傷つけられ、てのひらが血まみれになるばかりで鎖をつかむことすらままならない。
それでも半狂乱になってもがいている間に蜘蛛の糸に絡まった羽虫みたいにうちは全身を縛りあげられていた。
この鎖は外法によって編まれた呪物で名を怨鎖と言う。
たっぷりと霊毒が塗りこまれ、それに繋がれた者は物理的・肉体的だけではなく、精神的にもその場で縛りつけ支配される。
だけど、これはお父さんが神様の力を借りて壊してくれた。
なのに、どうして今頃……。
気がつけばうちはただ一人、闇の中で身動き一つ取れなくなっていた。
自然と呼吸が早まり、浅くなる。
脳に取り込める酸素量が減少。意識が今にも消し飛んでしまいそうだ。
心臓は早鐘のように打ち鳴り、熱を帯び、暴発寸前の機関室みたいになっていた。
助けて。
お願いやから助けて。
そう叫びたかったけど、声は出ない。
助けてもらおうにもここには誰もいない。
みっともなく項垂れて泣き続けるうち以外、誰も。
オン・マーラヤ・パーピーヤス・ソワカ。
オン・カーマダーヤ・マハーラジャ・ソワカ。
オン・パーピマ・マーヤヴァンス・ソワカ。
また、あの唱え事が聞こえた。
男とも女とも子供ともつかない声。そもそも人間かどうかも疑わしい。
と、闇の中でポウッと小さな光がともる。
それはモウジャの皮膚のように青ざめた炎。血で染めたように赤い蝋燭の先端で、風もないのにゆらゆらと揺らぐそれは明らかにこの世のものじゃない。
天狗火。外法を用いて天狗道から呼び寄せられた炎の形をしたある種の精霊だ。
と、天狗火を載せた燈明がふと持ち上げられて――
「あっ……あっ……」
絞め殺されかけている小動物のような泣き声をうちは漏らしていた。
#異能
#伝奇