TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

育代は、理恵と一緒にピアノ教室に行く。ピアノ教室を辞める事を流元と会って話した。


「そうですか……いろいろとご事情もお有りでしょう。理恵さんの才能が埋もれていくのは私としても辛いところです。ただ、これからもピアノは続けて下さいね、理恵さん。」


「講師、今までありがとうございました。」


ふん……金づるが一人消えたか。

帰る親子を見ながら、流元は毒づく。


「理恵……もうすぐうちのピアノも、家も無くなるから。」


(おとうさん……なんだね)


手をつなぐ親子を待つのは……


マンションの前には、裁判所の執行官と銀行の担当者、

それに作業員たちが無言で並んでいた。

 

東京第一信用銀行融資管理部、佐原。


「黒川さん。東京地方裁判所の命令に基づき、担保不動産の引き渡しを実施いたします。」


沈黙のまま、育代は鍵を渡す。


「黒川さん、立ち会いをお願い致します。」


多くの、マンションの住民が見ている中で、見聞が開始された。隣人の山嵜夫婦も心配そうにそれを見ている。


次々に運び出される家具、鑑賞物……


リビングの椅子に座り、茫然自失の育代。

その横には……理恵。


ピアノが運び出される。


この子が……世界で。


作業が終わる頃には、夕日が差し込み始めていた。

ピアノが消えた部屋は、不自然なほど広く見える。


執行官が立会い書類を確認し、

佐原の方に静かにうなずいた。


「……以上で、引き渡し手続きは完了です。」


部屋の空気が一瞬だけ止まった。

佐原は手帳を開き、静かな声で言った。


「黒川さん。

 本日をもちまして、担保不動産および預金資産の

 すべての査定作業が完了いたしました。」


育代は、反射的に顔を上げる。


「査定の結果につきましては、

 後日、正式にご報告させていただきます。

 追ってご連絡いたしますので、

 それまでにお引越し先のご住所をお知らせください。」


言葉の途中で、佐原は一度だけ視線を落とした。

目の奥にわずかな哀れみがあった。

けれど、その声は最後までか「銀行の声」のままだった。


「……追って、ご連絡いたします。」


書類を封筒に戻す音だけが、

部屋の中に乾いた響きを残した。


ふっ……


育代は、笑った。


「この焼酎は、持って行かねぇんだぁ……」


瓶の口を指でなぞりながら、

育代は空になった部屋を見渡す。


誰もいない。

何もない。

けれど、まだ「音」だけが、どこかに残っている気がした。


あいつさえ……あいつさえ……


笑い声と、嗚咽の区別がつかなくなる。


夕日が沈みきる前に、

部屋の灯りが、ひとつ消えた。

 

……………………………………………………

「人間には触ることのできるものを持っておきたい欲望がある。」坂本龍一※出典不明

……………………………………………………

loading

この作品はいかがでしたか?

39

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚