TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

翌朝、俊の鎌倉の自宅へ大工の良さんがやって来た。


「おはようございます。今日も良い天気ですねぇ」

「良さんおはようございます。今日もよろしくお願いします。週末ごとの作業になってしまい申し訳ないです」

「いえいえ、平日は他の現場に行っていますから、逆に土日にやらせてもらって助かります」


良は今年72歳になる大工で、この町で小さな工務店をやっている。

生まれも育ちも鎌倉で、祖父の代から大工の家系だった。

だからこの辺りには、良の父や祖父が建てた家が多い。


工務店は、現在は良の息子夫婦が引き継いでやっていた。

工務店のメインの仕事は、大手住宅メーカーから受注する新築物件の他、

昨今急激に増えているリフォームの依頼等も引き受けている。


この辺りに根付いた工務店なので、地元からの信頼は厚い。

良の昔気質の誠実な仕事ぶりは見ていて安心できる。

だから俊は今後もしまた何かあれば、また良に頼もうと思っていた。


俊はそんな良へ箱を持って来て渡す。


「これね、美味い日本酒らしいんですよ。いただき物だけれどよかったら」

「いつもすみませんねぇ。この間いただいたワイン、ものすごく上等で美味しかったですよ。息子の嫁がワイン好きでね、凄く

喜んでいました」


良はニコニコして言った。


「俺、ちょっと午前中出かけて来てもいいですか? この辺りを散策してみようと思って」

「どうぞどうぞ! もうすぐ完全移住でしたよね? だったらこの辺りの地理を知っておいた方がいい」

「じゃああとはお願いします。お茶とお茶菓子がテーブルの上にあるので休憩の時にでも召し上がって下さい」

「いつもありがとうございます。では、早速取りかからせていただきます」


良はそう言うと、リビングに養生シートを広げ始める。


「昼過ぎには戻って来ますので」


それから俊はスマホと財布だけを持って家を出た。


この辺りは高台の閑静な住宅街で、俊の家の周りには洒落た家が多い。

住人が拘って建てた家は、どれも個性的でセンス抜群だ。

そんな家を一つ一つ見て歩くのも楽しい。


この辺りは高級住宅街なので、住人の文化度はかなり高そうだ。

ガレージに停めてある高級外車や年代物の車、それに小さな車が買えそうな値段の自転車が

無造作に停めてある。

美しく整えられた庭にも、住んでいる人の個性が表れている。


そして住宅街を過ぎると俊は大通りへ出た。

たしかこの緩い坂を下って行くと、左側に細い道があるはずだ。

その道を突き当りまで進むとそこが切り通しの入口だ。


俊はすぐに左側に細い道を見つけた。

そしてその道を進んで行く。

細い道の両側には家が並んでいる。

家の古さから見ると、昔からこの地に住んでいる人達の家のようだ。

その道をぐんぐんと進んで行くと、突き当たりに雑木林が見えた。


(あそこが切り通しの入口だな)


俊はこの道で間違いないと確信した。

突き当たりの近くまで辿り着くと、一番右奥の家の塀沿いに段ボールが置いてあるのが見えた。

気になった俊はその前で立ち止まった。


段ボールの中には本が入っているようだ。

そして段ボールに添えられたメモには何か書いてある。


【父の遺品ですが、興味のある方にもらっていただければ父も喜ぶと思います。どうぞご自由にお持ち下さい。浅井】


俊はそこへしゃがみ込んで段ボールの中を見てみた。

箱の中にはかなり古い専門書のような本がぎっしりと詰まっている。


本はほとんどが地学や地質学などの専門書だった。

しかしよく見てみると、鎌倉に特化した地質や地層、貝化石の本もあった。

俊の趣味と一致する本があったので、俊はさらに丁寧に見ていった。

すると、その中には俊がずっと探し求めていた地質学の本と貝化石の本が二冊あった。


(マジか?)


俊は思わず呟いた。


以前ネットでその本を探してみたがどちらも絶版になっていた。

仕事で神田の近くに行く度に古本屋にも寄ってみたが一向に見つからない。

だからきっともう手に入らないのだと諦めていた。

その本が無造作に段ボールの中に放置されている。

おまけに無料で持って行っていいと言うのだ。


(嘘だろう?)


おそらくこの本を神田に持って行けば、一冊数万で引き取ってもらえるのではないだろうか?

そんな貴重な本が無料で?


俊が本を手にして驚いていると、隣家から高齢の女性が出て来た。

そして本を手にして驚いている俊を見て、声をかけてきた。


「気に入ったものがありましたか?」


婦人はそう言って俊に微笑む。


「あ、はい。でもこれを無料でいただいてしまってよろしいのでしょうか?」


俊の言葉を聞いた婦人はニッコリ微笑むと、


「大丈夫ですよ。そこの家のお父様はね、以前高校で地学の教師をしていらしたの。5年前にお亡くなりになったんだけれど、

お嬢さんがやっと遺品整理をする気になってね、売ったり捨てたりするとお父様が悲しむような気がするから、興味のある方に

持って行ってもらえたら嬉しいって言ってたわ。だから大丈夫ですよ」

「そうでしたか。じゃあ折角だからこの二冊をいただいていきます。今、中に娘さんはおられますか?」

「朝お仕事に出かけたから多分お留守よ。お会いしたら私が伝えておきますから心配しないで大丈夫ですよ」

「ありがとうございます。あ、でもせめて一言お礼を書いて行こうかな……」


俊はそう言って慌ててポケットを探った。

しかしペンや手帳は持っていなかったのでしまったという顔をする。


「ちょっと待ってて…….」


婦人はそう言うと家の中へ戻った。

そして数分後に戻って来ると、俊にメモ帳とペンを貸してくれた。


「これを使って下さいな」

「あーすみません、ありがとうございます」


俊は婦人に礼を言うと、すぐにメッセージを書く。


【ずっと探していた本がここにありました。二冊ありがたく頂戴します。ありがとうございます。一ノ瀬】


俊はメモを一枚破ると、風に飛ばされないように、

本と本の間にそのメモを挟んだ。


それから夫人に礼を言ってメモ帳とペンを返した。


「そこのお父様と私は幼馴染だったのよ。欲しい人に貰っていただいて、きっと彼も喜んでいるわ」


それからアッ! と叫んで思い出したように言った。


「雪子ちゃんは確か持ち帰り用の袋も用意していたはずよ」


婦人はそう言うと、段ボールの中に手を入れる。

そして中から白い手提げ袋一枚取ると俊に渡した。


「これに入れてお持ちなさい」


俊は受け取った袋へ本を入れると、

もう一度婦人に礼を言ってから、切り通しの中へ入って行った。

婦人はそんな俊の後ろ姿をニコニコと見送っていた。

51歳のシンデレラ

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

185

loading
チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚