それから俊は、切り通しを歩いて駅へ向かった。
歩きながらかなりご機嫌だった。
欲しかった本が意外な場所で無料で手に入ったからだ。
(ツイてるな)
やはり鎌倉に家を買って正解だったのかもしれないと思う。
俊はこの思いがけないプレゼントに、
なんだか自分がこの町に歓迎されているような…そんな気がした。
切り通しを抜けて駅に到着した俊は
駅前のカフェで昼食を済ませると、いくつか買い物をした後また同じ道を通って帰った。
先程本を頂いた家の前を通ると、朝と同じで人の気配はない。
(隣家のご婦人と本の持ち主が幼馴染なら、おそらく男性は生きていれば70~80歳くらいだろうか?
という事は、遺品整理をした娘さんの年齢は自分と同世代かもしれない)
俊はそんな事を思いながら、もう一度その家を見る。
二階のベランダに洗濯物が干してあったが、その量は一人分くらいの量だ。
ガレージに置いてある車を見ると女性向けの軽自動車で、
色はパステルベージュとホワイトのツートンカラーだった。
おそらく娘さんの車だろう。
彼女は一人暮らしなのだろうか?
5年前に父親を看取ったと隣の婦人が言っていたが、
5年経って漸く遺品整理を始めたという事は、心の整理がつくまで月日が必要だったのだろう。
その女性の事を思うと俊は心が痛んだ。
自宅へ戻ると、良さんは休憩を終えて午後からの仕事を始めていた。
「なんか美味うまそうな饅頭があったので買ってきました。お茶の時にでもどうぞ」
「ありがとうございます。ところで、リビングの棚は今日中に仕上がりそうです。
あとは寝室のクローゼットですが、それは明日中には終わると思いますんで」
「そうですか。じゃあ、この家の補修も明日で終わりですね。いやー凄く助かりました」
「こちらこそ。また何かあればいつでも遠慮なく言って下さい」
良は笑顔で答えると、リビングの棚の作業を始めた。
週末ごとに直してもらっていた家の修理もいよいよ明日で終わる。
そろそろ東京の荷物をこちらへ運ぶ手配をしなくてはならない。
完全移住の事を考えると、俊は少し胸がワクワクした。
夕方大工の良が帰った後、俊は近くのスーパーまで買い出しに行く事にした。
鎌倉の家には月曜の午前中までいる予定だ。
その間の食材やビールを買っておきたい
この辺りは坂が多いので車で行く事にした。
スーパーまでは車で5分もかからない。
その頃雪子はいつものようにレジを担当していた。
今日は土曜日なので店内はかなり混んでいる。
遅番のバイトの美香が少し遅れると連絡があったので、
雪子は店長から1時間の残業を頼まれた。
家に帰っても待っている人もいないので、雪子は快く引き受けた。
そして雪子は手際よく次々と会計を済ませていく。
雪子にとって接客業はお手の物だ。
デパートへ新卒で入ってすぐに売り場に配属された。
そして離婚後この職場に復帰した時もまずは売り場からだった。
もちろんレジにも慣れている。
だから混雑していても慌てることなく落ち着いて対応できる。
次に会計をする客は、週に2、3回来店する80歳くらいの上品な老婦人だった。
毎回一人分の食材を2~3日分買って行く。
彼女はいつも旬の魚や野菜、果物を少量買っていく。
一人暮らしなのに季節感を取り入れた食材選びを見て、
雪子はその丁寧な暮らしぶりが素敵だなぁといつも思っていた。
今日も彼女のカゴには2日分くらいの食材が入っていた。
「お会計は4180円になります」
雪子が笑顔で言うと、
「はい…あらっ? おかしいわね…確かに入れたはずなのに…….」
老婦人はバッグの中を覗き込んでいる。
どうやら財布を家に忘れてきたらしい。
雪子は咄嗟に考える。
こういう場合、いつもなら客が購入した品を保管しておき財布を取りに行って貰うというのが普通だが、
相手は80歳を超えた高齢者だ。
この辺りは坂道が多いし、辺りは既に薄暗くなってきている。
店長に相談しようかとも思ったが、店長は今日は公休日だ。
(だったら私が立て替えてあげようかしら? また数日後に来店されるだろうからその時まで?)
雪子そう思っていると、列の後ろから怒鳴り声が聞こえた。
「早くしろよっ!」
その老婦人の三人後ろの男性がイライラした様子で怒鳴った。
(あの人は私が代金を立て替えている間もきっと待てないわね…どうしよう)
雪子どうしようかと考えあぐねていると、
「私が立て替えますよ」
と、女性の後ろから低い落ち着いた声が聞こえた。
コメント
3件
↓らびぽろちゃんと同じく....、どうか俊さんでありますように🙏🥰
低い落ち着いた声…俊さんであって欲しい🥰
俊さん、思いがけずいいことがあって移住してラッキー✌️って思いますよね🤗🎉 これからまだ雪子さんとの出会いも控えてますから〜更に嬉しい気持ちになりそう⤴️😊 で、雪子さんののレジトラブルで立て替えてくれそうな方は誰??