それから二人は、エスプレッソコーヒーを飲みながらドルチェを楽しんだ。
本日のドルチェは、石垣島産の黒糖を使ったベイクドチーズケーキだ。
「このチーズケーキ、コクがあって美味しい」
「だな。理紗子は甘党か?」
「うん。ケンちゃんは?」
「俺もまあまあ甘党かな? 話題のスイーツは一応食べてチェックするようにしているから」
「だからケンちゃんのカフェのスイーツはどれも美味しいんだ」
「うちの店で新作を出す時はなるべくチェックするようにしているよ」
それを聞いた理紗子は驚く。
健吾は甘党男子という割には太っていない。むしろスリムだ。
「甘党男子なのになんで太っていないの?」
「そりゃ、ジムで鍛えているからな」
「じゃあ東京に戻ったら美味しいスイーツ巡りをしたいな!」
理紗子はついそんな事を口走ってしまった。そしてすぐに後悔した。
二人の関係は『偽装恋人』なのに、なんで普通の恋人同士のような会話をしてしまったのだろうと。
しかし健吾は全く気にする様子もなく言った。
「投資家仲間に超甘党男子がいるから美味しいスイーツの店を聞いておくよ。そうしたら一緒に行こう」
健吾の提案に理紗子の胸はキュンと疼く。
しかし理紗子はあえて自分に言い聞かせる。
(これはあくまで偽装恋人の一環で、私に小説のネタを提供する為に言ってくれているのよ、勘違いしないで)
ケーキを食べ終わる頃、辺りはすっかり暗くなっていた。
いつの間にかテラスの松明には炎が灯されていた。
その揺らぐ炎を見ていると不思議と心が安らぐ。太古の昔、人は危険から身を守るために火を焚いた。
そして夜になると炎の周りに集まり安心感と安らぎを得る。
私達がろうそくや焚火の炎を見て心癒されるのは、もしかしたらそういった感覚がDNAに刻まれているからなのだろうか?
そんな事を考えていた理紗子は健吾に聞いた。
「ねぇ昔の人…あ、昔って言っても太古の昔ね。まだ人間が狩猟生活やなんかをしていた頃の夜って何もする事がないじゃない? そんな夜は、ただこうして炎を眺めて過ごしていたのかな?」
「火はその時代の夜には欠かせないものだっただろうからそうかもしれないね。でももっと他に楽しみはあったと思うよ」
「えっ他にも? それって何?」
「子孫を残す行為」
健吾は真面目に言ったのに、理紗子は健吾がふざけたのだと思い怒る。
「ばかっ! そういうんじゃなくてもっとロマンティックな事ってないの?」
「子孫を残す行為はロマンティックだろう? 愛し合う男女が行なう神聖な行為なんだから」
健吾は真顔でそう言う。
「ロマンティックなんかじゃないわよ。それは小説や映画の中だけ」
理紗子は健吾の意見を全否定した。
「………….」
「なんで黙るの?」
「いや……マジでそう思ってるの?」
「当たり前じゃない。普通のカップルに、映画みたいなロマンティックな行為なんか出来るわけがないじゃない」
「………….」
健吾が呆然として何も言わないので、理紗子は自分が何か可笑しな事を言ったのだろうかと不安になる。
「理紗子はさ、一体今までどんなセックスをしてきたんだい?」
健吾がストレートに聞いたので理紗子は驚いた。
「えっ、別に、そんなのどうでもいいでしょう!」
「いやよくないよ。何が原因で君がそんな考え方をしているのかが知りたい」
「そんなの言いたくない」
「言ってごらん」
「イヤ!」
「お願い! 教えて!」
健吾は手のひらを合わせてお願いのポーズを取った。
健吾の表情は今まで理紗子が見た事のない媚びるような顔だったので理紗子はブッ! と噴き出す。
しかしそれくらいの事で踏み込んだ質問には答えたくない。
けれど健吾がいつまで経ってもそのポーズをやめないので、理紗子はとうとう根負けし「しょうがないわね」という顔をして話し始めた。
「そういうのって、どんなに相手を愛していてもどんなに相手の為に努力をしても、結局は相性が悪いとダメなのよ。だから映画のようにとろけるようなロマンティックな行為なんて奇跡に近いと思うわ。映画や小説だから都合良く描けるだけ。現実世界ではそんなにうまい話しはないって事!」
理紗子は自信満々に言った。
それを聞いた健吾は「信じられない」という顔をしていたが、一呼吸置いた後諭すように理紗子に言った。
「いや、映画みたいな世界はあるって! 実際にあるんだよ」
「そんなの嘘! だって私がどんなに頑張ってもどんなに努力をしても結局何も変わらなかったわ。変わらなかっただけじゃない、結局最後は……」
「最後は?」
「二年前に別れた恋人から最後に言われたのよ。君とは身体の相性が合わないからもうつき合えないって」
理紗子はそう言って苦しそうな表情を浮かべた。
それを見た健吾の胸がズキンと痛んだ。
理紗子は自分を責めている。全て自分の責任だと思い込んでいる。
それを見抜いた健吾は、静かな声で言った。
「相性なんて、関係ないんだよ」
「えっ?」
「その男はどうしようもないアホだな。相性が合わないと思うようなセックスしか出来ないのは、全て男が無能なだけだ。女性に責任はない」
「…………」
「合わないじゃなくて、男がどう合わせるかなんだ。つまり男の努力次第でどうにでもなるって事!」
その言葉を聞いて理紗子は健吾の顔を見る。
「つまりは、そいつが『ヘタ』だったって事。理紗子は全く悪くない」
「そうなの?」
「ああ、男の俺が言っているんだから間違いない。大体な、セックスっていうのは愛し合った者同士が互いに作り上げていく行為なんだ。デートをしたら普通に食事して会話をするだろう? それと一緒で身体でも会話をする必要があるんだよ。それは独りよがりでは全く意味がない。相手に対し思いやりを持って誠実に向き合う、これが一番大事!」
理紗子は健吾の言葉を一言も聞き逃さないようにと真剣に聞いていた。
そしてその内容からすると、弘人が言った別れの原因は理沙子のせいではなかったという結論に達する。
「え? じゃあ私のせいじゃないの? 違うのね?」
「そういう事だ。理紗子は悪くない。相手の男は二股をかけていたんだろう? つまりはそういう事だ。相手は自分が不誠実な事をしていたのを隠蔽し、別れの原因を理沙子に押しつけた。ただそれだけ。それにもし本当に相性が悪かったとしても、それはその男の努力が足りなかったって事だな。つまり男が無能だったっていう事!」
理紗子は今まで自分を責めていた。
弘人が満足しなかったのは、自分の努力が足りなかったから。
自分がもっと努力して、もっと反応したり、もっと尽くしたりしていれば弘人を満足させられたのではないか?
ずっとそう思ってきた。
しかし健吾はそうじゃないと言ってくれた。
努力すべきなのは弘人の方だと。弘人はその努力をせずに理紗子の前から逃げたのだと言った。
その時、理紗子の瞳から涙が溢れてきた。
「私、ずっと今まで、自分のせいかと……ヒック…思って……」
健吾は理紗子の涙を見て、胸が締め付けられる思いだった。
(ったく、前につき合っていた男はとんでもないアホだな……)
健吾は二年前に理紗子を振ったという顔の分からない男に対して怒りでいっぱいだった。
ハンカチを持っていなかった健吾はテーブルの端に置いてある紙ナプキンを手に取ると、
「ほらほら泣くんじゃない。大丈夫だから。理紗子のせいじゃないから安心しろ」
そう言って紙ナプキンを差し出すと、理紗子はうんうんと頷きながらその紙ナプキンで涙を拭った。
「せっかく綺麗にした化粧が落ちちゃうぞ」
健吾が優しい声で言うと、
「うんっ、グスッ、ありがと。ちょっと顔を直してきます」
理紗子はバッグを持って化粧室へ向かった。
理紗子の姿が見えなくなると健吾はホッと息をつく。
そして二年前のあの日を思い出していた。
あの時の理紗子も今のように泣いていた。
(あの涙の理由は、クソ野郎にそんな事を言われたのが原因だったのか。そんな理由で理紗子を振るとかアホ過ぎるだろう)
健吾は言いようのない怒りが身体中から湧き上がってくるのを感じていた。
コメント
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理紗子ちゃんの心の傷を癒してくれてますね🥹健吾さん、さすがですね~🩷 じわじわと理紗子ちゃん、惹かれているの、早く自覚すると良いな!
↓↓らびぽろちゃん、ノルノルさんと同感です❣️ 健吾さんとの出会いが 理紗子ちゃんの自信回復を助け 女性としての魅力をUPさせ、更に小説家としての魅力や、表現力の幅を広げることにも貢献していくのでしょうね....🍀✨ そして そんな彼女に、理紗子命の健吾さんはますます惚れちゃうんだろうなぁ~😍💕 ( 〃▽〃)(*/□\*) キャア-ドキドキ♡ ♡ ♡
トラウマって皆片隅にあると思うよ。現に私もあったから(;_;)