それから健吾は窓の外に目をやった。
いつの間にか日は沈み、真っ暗闇に包まれた海は松明の明かりにほんのりと照らされている。
明かりに反射した海面がゆらゆらと揺れている。
健吾は揺れる波を見つめながら物思いに耽っていた。
理紗子がもう恋はしたくないと言っていた理由がわかったような気がした。
別れ際にそんなひどい事を言われたらトラウマになるのも当然だろう。
理紗子の事だから、恋愛はもう小説の中だけで充分だと思いかねない。
小説の中でなら、いくらでも理想の恋愛を体験できるのだから。
それにしてもその男は最低なクソ野郎だ。
そんなクソみたいな奴がこの世の中に存在するなんて同じ男として恥ずかしい。
結局その男は二股をかけた挙句に自分を満足させてくれるお手軽女を選んだだけなのだ。
目先の欲でただ自分へ奉仕をしてくれる女を選んでも、いずれまた飽きがくるだろう。
だからその女とも結局は長続きはしないだろう。
健吾は理紗子の元彼に対して毒を吐く。
「このサルめがっ!」
そして一旦落ち着こうとフーッと息を吐いた。
ロマンティックな行為などこの世には存在しないと思っていた理紗子が、想像だけであれほどのロマンティックなシーンを描く事は相当しんどかったのではないだろうか?
健吾はそんな理紗子に敬意を表したいくらいだ。
とにかくこれから自分が成すべき事は、『サル』に傷つけられた理紗子の心を回復させる事だ。
男女の営みというものは、とても甘く、美しく、そして素晴らしいものであるという事を徐々に教えなくてはならない。
決してアホ男のように『サルベース』で行うものではないと教えなければ…。
そして現実世界にも映画や小説のようなロマンティックで素晴らしい男女の営みがあるという事を、根気よく丁寧に手ほどきする必要がある。
それが彼女に自信を取り戻させる唯一の手段だ。
ただしその手ほどきは急ぎ過ぎてはいけない。
まずは理紗子からの信頼を勝ち取ってからの話だ。
彼女は今、男性不信の真っ只中にいるのだ。だから決して急いではいけない。
健吾は燃え盛る松明の炎を見つめながら、覚悟を決めたようにうんと頷いた。
その頃、理紗子は化粧室でメイクを直していた。
健吾の言葉を聞いて思わず泣いてしまった。
この二年間ずっと張りつめていた心が、健吾の一言により一気に解放されたような気がする。
親友の洋子にさえ話せなかった事を、今夜健吾に話してしまった。それが自分でも意外だった。
理紗子は今までずっと自分を責めてきた。
二人の別れの原因は、ずっと自分のせいだと思ってきた。
そして自分には男性を惹きつける魅力が一切ないと思っていた。
だからもう恋なんてしなくてもいい…….そう思うようになっていた。
本当は映画や小説のような恋愛をしてみたかった。
小説に描かれているようなロマンティックなシーンを体験してみたかった。
現実世界ではそういうものは存在しないと諦めていた。
しかし健吾は映画や小説のような素晴らしい世界は現実に存在すると言った。
もし健吾が言うような世界が本当にあるのなら、理紗子は体験してみたいと思った。
そしてそう思う自分に戸惑いを隠せなかった。
その時化粧室の扉が開き、中に女性が入って来た。
理紗子は物思いにふけるのをそこで中断すると、慌ててポーチから目薬を取り出す。
そして真っ赤に充血している瞳に目薬を差した。
メイクを軽く直し髪を整えた後、理紗子は化粧室を出た。
窓際の席へ向かうと、健吾は窓の外をじっと見つめていた。
(本当に王子様みたい)
理紗子は健吾の端正な横顔を見てそう思う。
席に戻った理紗子に健吾が声をかけた。
「大丈夫?」
「うん、もう大丈夫。ありがとう」
理紗子の鼻はまだほんの少し赤みを帯びていた。
「じゃあそろそろ行くか」
健吾はそう言って立ち上がると出口へ向かった。
会計はもう済ませているようだった。
店を出る際健吾がスタッフに声をかける。
「とても美味しかったです。また島に来た時は是非寄らせてもらいます」
「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております」
スタッフはとても嬉しそうだった。
そして二人に向かってこんな事を言った。
「もしよろしければ駐車場の奥からテラスに出られますので是非夜の海でも眺めて行って下さい」
理紗子が行きたいといった顔をしたので、健吾は答えた。
「じゃあ少し寄らせてもらいます」
店を出た二人は、海側のテラスへ向かって歩き始めた。
テラスに行くと、松明の明かりが辺りを照らしてくれている。
耳には心地よい波音が響いている。
二人はテラスの柵にもたれかかると夜の海を眺めた。
「優しい波音に真っ暗な夜の海、ロマンティックねー」
「だな。波音だけ瓶に詰めて持って帰りたい気分だな」
「うわっ、なんか詩人っぽい。そのフレーズ、小説で使わせてもらおうかな」
「おっ、俺にもとうとう印税が入るのか?」
「入りませんっ! でもスイーツくらいならご馳走してあげるわ」
理紗子はそう言ってフフッと笑う。
どうやら理紗子の機嫌は直っているようなので健吾はホッとしていた。
「よし、じゃあこの後はもう一つの『太古の夜の営み』に行くとしよう」
「えっ? なになに? それ聞いてないっ。もう一つのって何?」
「ついて来ればわかるよ」
健吾はニヤリとしてポケットから車のキーを出すと、駐車場へ向かって歩き始めた。
「え? なにー? なんなのー?」
理紗子は慌てて健吾の後を追いかけていった。
コメント
3件
健吾さんの、理紗子ちゃんへの愛の深さに もうウットリ😍💞💞 あ~~ん素敵✨、こんなの絶対惚れちゃう~~🥺🙏♥️ 傷ついている彼女をいたわりながら ちゃんと二人の信頼関係も築いていき、ゆっくり焦らず .... 健吾さんの願い🙏💓、きっと叶うよ🌠✨頑張って~~✊‼️💖 二人の夜は まだまだこれから....🌃✨ 「太古の夜の営み」満喫してね~💏♥️♥️♥️
健吾が理沙ちゃんに話してくれたお陰で理沙ちゃんもようやく前を向いて自分の真の恋愛について興味が持てたみたいよ❣️ 長く重く深いトラウマからようやく解放された理沙ちゃんにさぁどう手解きをレクチャーするのか、夜の🌊の🚗の影から観察させていただくわ👀🫣💞❤️‼️
『サルベース』瑠璃マリさま笑わせないで〜ꉂꉂ◟(˃᷄ꇴ˂᷅ ૂ๑)༡л̵ʱªʱª✧˖°" 健吾私もそう思う!ゆっくりじっくりね、でも時間は絶対にかけ過ぎずほどよくスピーディーに(๑و•̀Δ•́)و難しい?🙏でも健吾なら出来る❗️健吾しか出来ないよ‼️ まだ石垣最後の夜は終わってないから、その「太古の夜の営みを」じっくり満喫して少しまた2人の距離が近付くといいね゚・*:.。☆*:゚・☆•*¨*•.¸¸☆