テラーノベル
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雨の音が、静かに窓を叩いていた。
放課後の教室はいつもより暗く、照明の白がやけに冷たく感じられた。
「……俺、誰にも必要とされたこと、ないんです」
小さく呟くように言った少年は、濡れた制服の裾を気にしていた。
視線はずっと下を向いたままだ。
遥は黙って聞いていた。急かさず、ただその言葉の続きを待っていた。
「親にも、“お前がいても邪魔だ”って言われて。
友達も……何か用があるときだけ話しかけてくる。
俺がいなくても、誰も困らない。
……そう思うと、何してても空っぽで」
雨の音が強くなる。
遥は少しだけ息を吸って、言葉を探した。
「“必要とされる”って、案外、難しいよな」
その声は淡々としていたが、どこか遠い場所を見ているようでもあった。
「俺もずっとそう思ってた。家でも、学校でも、俺じゃなくていいって。
誰かが俺の代わりをやっても、世界は何も変わらない。
……そう考えるたびに、呼吸が浅くなって、心がどこかに消える感じがした」
少年は顔を上げた。
その目に、ほんの少し驚きの色が浮かぶ。
遥は続けた。
「でもさ、最近、ちょっとだけ思うようになったんだ。
“必要とされる”って、他人に証明してもらうことじゃないんじゃないかって。
――誰かに呼ばれなくても、生きてるだけで、誰かの視界のどこかに引っかかってるかもしれない。
それだけで、案外、十分なのかもって」
「……そんなの、綺麗ごとに聞こえます」
少年の声には、まだ痛みが混じっていた。
遥は小さく頷いた。
「うん。俺も昔はそう思ってた。
でも、いまこうして“話してくれてる”時点でさ、お前はもう俺の中にいる。
俺は今日、お前の言葉を忘れないと思う。
それって、もう“必要とされた”ってことのひとつじゃない?」
少年は目を見開き、何かを言いかけて――やめた。
手の中の傘をぎゅっと握りしめ、雨の向こうを見つめる。
心の奥で、何かがほんの少しだけ揺らいだ。
「……俺、誰かの役に立ちたかったんです」
「その気持ちがあるってこと自体が、すでに誰かを救うんだよ」
遥は淡く笑う。
「“誰かに必要とされたい”って思える人って、ほんとは優しい人なんだと思う。
だって、誰かの痛みを感じ取れるから、そう思うんだろ?」
少年は静かに頷いた。
雨が弱まり、窓の外にかすかな光が差し込む。
その光の中で、彼の顔が少しだけやわらいだ。
「……また来ていいですか」
「いいよ」
遥は短く答えた。
「お前が話すたびに、俺も少しだけ救われる気がするから」
ドアが閉まり、教室に再び静けさが戻る。
遥はひとり残り、窓の外の雨を見つめた。
“必要とされたい”という言葉が、まだ胸の中で響いていた。
――誰にも呼ばれなくても、自分が生きてる限り、世界のどこかで誰かが息をしている。
その事実だけで、ほんの少しだけ、息がしやすくなる気がした。
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