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#糸
#糸
「なぜ、めぐり逢うのかを……私たちは、なにも知らない」
四月の風はまだ少し冷たくて、体育館の重い扉が開くたび、私の制服のスカートを悪戯に揺らした。 県立高校の入学式。真新しいローファーの踵を鳴らしながら、自分の名前を探して掲示板の前をうろつく。
「あ、あった……」
「結(ゆい)」。私の名前のすぐ隣に、その名前はあった。
「航(わたる)」。
「縦の糸と、横の糸みたいだな」
不意に頭の上から降ってきた声に、心臓が跳ねた。 振り返ると、そこにはネクタイを少し緩めた男の子が立っていた。 私と同じ、紺色のブレザー。けれど、彼がまとう空気はどこか遠くて、四月の陽だまりよりも、もっと高い場所にある雲の白さに似ていた。
「え?」 「いや、出席番号。結と、航。なんか、並ぶと縁起良さそうだなって」
彼は悪戯っぽく笑うと、私の横を通り抜けていった。 その時、私のブレザーの袖口から一本、細い白い糸がほつれて、彼の鞄のストラップに引っかかった。
「あ、待って、糸が……」
呼びかけようとしたけれど、彼は大勢の新入生の人波に消えてしまった。 私の袖から伸びた糸は、ぷつり、と音もなく切れた。
「どこにいたの」 「遠い空の下」
そんな言葉を交わす日が来るなんて、この時の私はまだ、露ほども思っていなかった。 ただ、指先に残った糸の感触が、なぜかいつまでも消えなくて。
私たちは、まだ何も織りなしていない。 ただの、一本ずつの糸。 この糸が、これからどんな「ささくれ」を隠し、どんな誰かを温める「布」になっていくのか。
それが、切ない結末に向かう物語の、すべての始まりだった。