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#勧善懲悪
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その日の夕方、エリアは久しぶりに実家の押し入れを開けていた。
看板用の古い板、乾きかけの絵の具箱、母が輪ゴムでまとめた領収書の束。探しものがあったわけではない。ただ、胸の奥が落ち着かず、手を動かしていないと息が詰まりそうだった。
束のいちばん下から、見慣れない封筒が出てきた。
差出人は、眩しい箱関連会社。
中には短い文書と、振込控えの写しが入っていた。
生活支援金。
名目はきれいだ。けれど日付は、数年前。父の仕事が途切れ、家がいちばん苦しかった時期とぴたり重なっている。
エリアの指先が、紙ごと冷えていく。
居間では母が夕飯の支度をしていた。煮物の匂いがしているのに、台所の空気だけが妙に固い。問いただすと、鍋をかき混ぜる手が一瞬だけ止まった。
「……借りたの」
母は背を向けたまま言った。
「返したかった。でも、利息でもない名目の手数料が増えて、結局ずるずる」
「なんで言わなかったの」
「言えなかったのよ」
振り向いた母の顔は、言い訳を探す顔ではなく、ずっと飲み込んできた人の顔だった。
「あんた、あの会社のやり方に怒ってたでしょう。あんたが正しいって分かってたから、なおさら」
エリアは言葉を失う。
正面からぶつかるのが自分のやり方だった。隠すより言う方が早い。ずっとそう思ってきた。
なのに家のこととなると、胸の内側へ重たい石を落とされたみたいに、何もすぐ言えない。
もし知られたら。
自分だけ、最初から向こうに借りがあったみたいで。
夜、公園へ向かったが、仲間の顔が見えた途端、足が止まった。
サペが手を上げる。
「遅かっ――」
エリアは笑えなかった。
「ごめん、今日やっぱ無理」
それだけ残して背を向ける。呼び止める声は聞こえた。けれど振り返れたら全部こぼれそうで、できなかった。
家へ戻る途中、街灯の下に誰かが立っていた。
黒に近い衣装。細い指。笑っていない目。
アイナグルが、最初から待っていたみたいにそこにいた。