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#勧善懲悪
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「あなた、絵がうまいのね」
街灯の下で、アイナグルは世間話みたいに言った。
エリアは立ち止まったまま、返事をしない。
「箱庭座の壁の下書き、見たわ。透羽市に置いておくには惜しい線だった」
「口説いてるなら、相手まちがえてる」
「いいえ。拾ってるの」
その言い方に、ぞっとする。
アイナグルは一歩近づいた。
「家の事情も知っているわ。助けられたことがあるなら、もう十分でしょう? 義理なんて返し方はいくらでもある」
エリアは思わず封筒を握りしめる。
「脅し?」
「提案よ」
アイナグルの声はやさしかった。
だからこそ危ない。
「君だけはうちに来なさい。あの人たちの中にいたら、いずれ同じ泥をかぶる。才能のある人間は、汚れた町へ埋めるより、大きな舞台へ出すべきだもの」
エリアは唇を噛んだ。
図星だった。家のことを抱えたまま、仲間の横へ立つのがつらい。いっそ一人で離れた方が楽かもしれない。そう思う弱さは確かにあった。
その時、少し離れた路地から声がした。
「エリア」
サペだった。
いつからいたのか分からない。走ってきたらしく、息が乱れている。
アイナグルは目だけで彼を見る。
「迎え?」
「違う」
サペはエリアへ向き直った。
「逃げるなら、逃げ道まで一緒に考える」
エリアが目を見開く。
責められると思っていた。問いただされると思っていた。なのに出てきたのは、そんな言葉だった。
「でも」
サペは続ける。
「どっちを選ぶかは、おまえが決めろ」
アイナグルが小さく笑う。
「甘いのね」
「知ってる」
サペは即答した。
「でも、勝手に決めるよりはましだ」
エリアはしばらく黙っていた。
それから、封筒を胸元で折る。
「行かない」
声は震えていたが、逃げていなかった。
「私は、あんたの箱の飾りにならない」
アイナグルの笑みが、ほんの少しだけ薄くなる。
「そう」
それだけ言うと、彼女は身をひるがえした。
「じゃあ次は、もっと痛い札を切るわ」
去り際のそのひと言が、夜気より冷たく残る。
サペとエリアはしばらく並んで立っていた。けれど、その場ではまだ何も言わなかった。
言葉にするには、抱えているものが両方とも大きすぎた。