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パルテナの背中を、モルリは放っておけなかった。
「ちょっと待って!」
石段を二段飛ばしで駆け上がる。夕暮れの橋の上まで追いつくと、パルテナは面倒くさそうに振り返った。
「何」
「何、じゃない。褒めたくせに、最後に刺して帰るのやめて」
「癖みたいに言わないで」
「癖でしょ、あれ」
モルリは腰へ手を当てた。
パルテナはため息をつき、手すりにもたれる。川から上がってくる夕風が、彼女の髪をなびかせた。
「脚本は惜しいの」
「だから、その言い方」
「だって本当に惜しいんだから仕方ないでしょう」
彼女は眉を寄せた。
「読む人がいないのよ」
その言葉に、モルリの口が止まる。
パルテナは続けた。
「書いた人が読まない。前に立てそうな人は逃げる。だったら、どれだけいい台本でも届かない」
「……嫌な言い方しかできないの?」
「できるけど、たぶん遅い」
パルテナはそこで初めて、少しだけ疲れた顔を見せた。
「私は、誰かの前で先に綺麗な言い方をしたことがないから」
モルリは言い返しかけて、やめた。
橋の下から、誰かが椅子を引く音がした。
見下ろすと、シェルターの入口にデシアが立っていた。こちらを見ている。話の全部は聞こえていないだろうが、最後の一言だけは風に乗ったかもしれない。
読む人がいない。
その言葉は、橋の上より橋の下でこそ重い。
モルリは舌打ちしたい気持ちをこらえた。
「じゃあ、あんたが読めば」
「無理よ」
「なんで」
「私の声であの脚本読んだら、たぶん綺麗にまとまりすぎる」
パルテナは笑わなかった。
「橋の下の匂いが消える」
モルリはそこで、ようやく少しだけ黙る。
嫌な女だと思っていた。今も思っている。けれど、芝居のことを見ていない人間の言葉ではなかった。
橋の下へ戻ると、デシアは原稿を抱えたまま立っていた。
「何て言ってた?」
モルリは一瞬迷ったが、ごまかせなかった。
「脚本はいいって。読む人がいないのが、もったいないって」
デシアの指先が、紙の端を強くつかむ。
何か返すかと思ったのに、彼女は何も言わない。
その沈黙が、いちばん効いた。