翌朝、涼平はいつもよりも早く出勤した。
『あいつよりいい男になる』
その為には、まず男として仕事をきっちりやる事だ。
そう思った涼平は、朝から気合を入れて仕事に取り組む。
今担当している商業施設の設計は、誰にも文句を言わせないくらい完璧なものにしてみせる。
そう決心すると、集中して仕事に取り組み始めた。
少し遅れて出勤した加納は、いつもよりも早く来ていた涼平を見て声をかけた。
「涼平ちゃんいいねー…そうそうその意気! いい男の第一条件は仕事が有能って事だからな―」
加納は集中している涼平に向かい、茶化すように言った。
すると、今出勤したばかりの佐野が呑気に聞く。
「『いい男の条件』ってなんの事っすかー?」
「ライバルを蹴落とすには、相手よりいい男でいないとって話しだよ」
加納は笑いながらそう言った。すると佐野は、
「ライバル? まさか涼平さんに恋敵っすか? そりゃー負けちゃいられないっすねぇ。俺、俄然涼平さんを応援しますっ!」
佐野が力強く言ったので、涼平は鼻息を荒くしながら、
「おうっ! 応援頼むぜっ!」
と言い、鼻息を荒くしたまま再び図面をにらめっこを始めた。
その様子を見た加納は、必死に笑いをこらえていた。
一方、その日詩帆は遅番だったので、まだ家にいた。
今日は出勤までの時間をフリースクールの授業計画に当てる事にしている。
優子の話によると、詩帆が担当するのは高校生の美術の授業らしい。
フリースクールに通う生徒は、いじめが原因で学校に居場所を失くした子が約半数、残りの半数は集団行動に馴染めない子や家
庭の事情で規則正しい生活が出来ない子、睡眠障害等により朝起きられない子や学習障害がある子等、それぞれが様々な要因を
抱えている。
しかしどの子も基本的に優しい子が多く、フリースクール内においては特にトラブルもなく普通に接しても大丈夫だという事だ
った。
生徒の中には、美術や物作りに興味を持っている子がかなりいるらしく、その子達に将来夢や目標を持てるような美術の授業
をしてやって欲しいと言われている。
フリースクールでの授業は、普通の高校とは違い制限や決まった枠組みがないので、教師の力次第で様々な体験をさせる事が可
能だ。
詩帆は全ての生徒の興味を引くような授業が出来ればと、色々と計画を立て始めていた。
夢中になっていると、そろそろ仕事に行く時間が迫っている。
詩帆は昼食を終えると身支度をしてから仕事へ向かった。
月曜だったのでカフェは比較的空いていた。
買い物帰りの休憩中の主婦、子供のお迎えまで時間潰すママ友達のグループ、仕事の合間に立ち寄るサラリーマン、一人読書を
楽しむ高齢者など、それぞれが思い思いに過ごしている。
夕方になると客層はがらりと入れ変わり、仕事帰りの男女や学生、待ち合わせの人達で混んで来た。
しかしそれも午後八時を過ぎるとだいぶ落ち着き、店内も徐々に空いてきた。
閉店の一時間前、自動ドアが開いて新たな客が入って来た。
その客は西田だった。
西田はカウンターに立っている詩帆に気付くと笑顔で近づいて来た。
「コーヒーを一つ。今日も会ったね」
「先生、今日もお仕事ですか?」
「うん、大学に用事があってね。江藤さんはいつもここで働いているの?」
「はい。ちゃんとした就職はせずにずっとバイト生活です」
詩帆は恥ずかしそうに言った。
「って事は、まだ絵を描いているんだね」
「はい。でもまだ何も成果は出ていませんが」
すると西田が言った。
「その熱意があるなら大丈夫だよ。卒業して絵をやめてしまう人が多い中、続けているだけでも大したもんだ」
「ありがとうございます」
そこで準備が出来たコーヒーを渡す。
「何かあったらいつでも相談に乗るからメールして」
西田は笑顔でそう言うと、窓際の席へ向かった。
すると隣にいた若いスタッフが詩帆に言う。
「江藤さんのお知り合いですか? なんかとってもいい雰囲気!」
「違いますよ。そんなのじゃないですから」
詩帆は慌てて否定する。
実は詩帆は学生時代西田に憧れていた。
女子だけの大学に26~27歳の若い男性が講師として来れば、学生達の間では自然と人気者になる。
西田は話し方がソフトで優しかったので、学生達のほとんどが西田に憧れていた。
詩帆もそんな中の一人だった。
しかし卒業間近、西田は石田という詩帆と同学年の女子大生と付き合っているという噂が流れた。
そして二人は石田の卒業と同時に結婚するとも言われていた。
それを知ったほとんどの学生はがっかりした。もちろん詩帆もだ。
卒業後、西田のイラストはあちこちで見かけた。
たまに雑誌のインタビュー記事に載っているのも何度か目にした。
しかし、結婚についてはどうなったのかは知らない。
さっきコーヒーを渡した時に西田の手を見たら、結婚指輪ははめていなかった。
西田が独身でも既婚者でも、今の詩帆にはどうでもいい事だった。
学生時代の憧れはとっくに消えている。
今詩帆の西田に対する気持ちと言えば、懐かしさだけだ。
だからこうしてざっくばらんに話せるのだ。
憧れていた当時はこんなに気さくには話せなかった。
詩帆は当時を思い出してフフッと笑う。
そして閉店時間が近づいて来たので店のクローズの仕事に取り掛かり始めた。
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コメント
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詩帆ちゃんに恋をして、自分磨きのために 更に仕事に気合いが入る涼平さん....✊‼️ 詩帆ちゃんにアプローチしようとしている西田先生だけれど、 詩帆ちゃんにとって彼は 「昔憧れていた人」にしかすぎず 全く心配は無さそう😌 詩帆ちゃんにとって、涼平さんはかけがえのない存在に変わってきている....⁉️💝✨
涼平さんは西田先生をライバル視してるけど、詩帆ちゃんはもうとっくに終わった淡い恋💔で、結婚の噂があった人なら尚更詩帆ちゃんは相手にしないよね😊👍 まして涼平さんというステキな恋人がいるんだから無理無理🤭👋