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パルテナが帰ったあとも、彼女の残した言葉だけが橋の下に残っていた。
説明しすぎ。もっと刺して。
デシアは台本を膝に置いたまま、しばらく黙っていた。言い返そうと思えばいくらでもあるはずなのに、すぐには出てこない。図星だったからだと、本人が一番よく分かっている顔をしていた。
モルリが先に沈黙へ飽きる。
「でもさ、あの人、今日はだいぶ人間っぽかったよね」
「前は何だったの」
ホレが呆れる。
「駅前の巨大ポスター」
ヌバーが吹き出した。
「分かる。紙面からそのまま歩いてきた感じ」
笑いが起きて、少しだけ空気がほぐれる。
デシアは台本の一頁をめくった。登場人物が相手を励ます場面で、ずっと柔らかい言葉を並べていたところだ。守りたい気持ちが強すぎて、全部を傷つけない形へ丸めてしまっている。
「私、怖かったんだと思う」
デシアが言う。
サベリオが顔を上げる。
「これ以上、誰かを傷つける言葉を書いたら、また何か壊れる気がしてた」
ミゲロが工具を拭く手を止めた。
デシアは続ける。
「でも、痛くない言葉だけで立ち上がれる時ばかりじゃないよね」
その時、サベリオの口から自然に出た。
「さっきの、包帯みたいだった」
デシアが目を瞬く。
「何が」
「パルテナの言葉」
サベリオはうまく説明できず、指先で空中を探る。
「痛かったけど、傷そのものより、ちゃんとそこに巻かれた感じがした」
ヌバーが感心した顔になる。
「うわ、今のいいこと言った」
モルリがすぐ乗る。
「言葉の刃、言葉の包帯って感じ?」
「ちょっと芝居っぽすぎる」
ホレが言ったが、その表現は皆の中へすっと落ちた。
刺さる言葉にも種類がある。ただ痛いだけのものと、痛い場所を見失わないよう留めるもの。
デシアは自分の台本へ、何本か線を引いた。優しすぎる一文を消し、逃げ道を減らし、それでも相手の足元を折らない形へ直していく。筆圧が少しずつ強くなっていくのが、サベリオの位置からも見えた。
「読んでみて」
モルリが促す。
デシアは直した台詞を声に出した。
前の文より、短い。柔らかさは残っているのに、言い切る芯がある。聞いた瞬間、相手役の立つ位置まで浮かぶような言葉だった。
ジャスパートが録音機を止める。
「今の、ちゃんと残った」
ヴィタノフも黙って親指を立てる。
デシアは少しだけ息を吐いた。ほっとしたというより、ようやく自分の書きたい刃物の重さを思い出した顔だった。
その時、入口の外で足音が一つ戻ってくる。
全員が振り向くと、パルテナが半分だけ顔をのぞかせた。
「あのさ」
「早い。忘れ物?」
モルリが聞く。
パルテナは数秒だけ迷ったあと、視線を床へ落とす。
「……今の、聞こえた」
静寂。
「包帯ってやつ」
彼女は耳までうっすら赤くしていた。
「そういうつもりで言ったわけじゃないけど」
サベリオは少し考え、それから答える。
「でも、そう聞こえた」
パルテナは困ったように眉を寄せた。その顔は、誰かを傷つけたあとの誇らしさではなく、初めて違う受け取られ方をして戸惑う人の顔だった。
デシアが静かに言う。
「今のは包帯みたいだったよ」
パルテナは何か返しかけ、やめた。代わりに小さく「……そ」とだけ言って背を向ける。
今度こそ去っていく足音は、前より少し軽く聞こえた。
残された橋の下で、モルリがにやにやしながら腕を組む。
「変わる時って、こういう顔するんだ」
デシアは台本を閉じた。
変わるのは、敵に見えた人だけじゃない。書く言葉も、受け取る側の胸も、じわじわ位置を変えている。
その実感が、次の一頁をめくる手を前より強くした。