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遥はしばらく黙っていた。顔を伏せたまま、何かを飲み込むように息を詰めて──ぽつりと、つぶやいた。


「……おまえ、バカだな」


弱々しい声だった。

吐き捨てたわけじゃない。

むしろ、どこか自分に言い聞かせるような響き。


「俺の全部が“おまえ”だって……そんなこと言ってさ。

……俺が、どんなのかも知らないくせに」


肩が、かすかに震える。

足元の床を見つめたまま、遥は続けた。


「俺、おまえのこと……汚してるよ」


その声は、かすかに笑っていた。

でも、苦笑でも嘲笑でもない。

ただ、自分に吐いた毒の味を、じっと噛みしめているような声音。


「欲しかったんだ。優しさも、触れることも、……おまえも」


喉が詰まる。

言葉が熱に変わって、胸の奥に突き刺さる。


「でも、それを思った時点で、もう……加害なんだよ」


遥はようやく顔を上げた。

その目は赤く、泣いた痕がまだ残っていた。


「だから、おまえが優しくするたびに、俺は、“これ以上近づくな”って思う。

……壊すから。俺が。

俺の手は、誰かに触れるたびに、誰かのきれいなとこ、全部壊してきた」


小さな声で笑う。


「だから……おまえの優しさなんか、見たくないんだよ」


拒絶じゃない。

責任転嫁でもない。


──ただ、心の底から、自分を嫌っていた。



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