その頃拓は、加納建築設計事務所にいた。
拓は真子と離れ離れになった後、東京の大学の建築科へ進学した。
大学を卒業後は、湘南にあるこの設計事務所へ就職した。
この設計事務所には、拓のサーフィンの師匠である夏樹涼平が勤めている。
拓は涼平に誘われて、この建築設計事務所で働く事を決めた。
加納建築設計事務所は、涼平の大学時代の先輩である加納浩一が社長を務めている。
加納も涼平のサーフィン仲間で、この設計事務所にはサーファーの社員が多かった。
そしてこの加納建築設計事務所は、今大きな変革期を迎えている。
加納は若い頃、仲間数人でこの事務所を立ち上げた。
そして顧客に真摯に向き合い誠実な仕事を続けているうちに、徐々にその評判が口コミで広がる。
そんな中、涼平が大きな建築コンペで大賞を受賞した。
そこからさらに会社はグングンと急成長を遂げている。
業務拡大と共に社屋が狭くなったので、近々事務所は藤沢駅前のビルへ移転する予定だ。
今までは近県からの依頼しか受けていなかったが、これからは全国からの依頼に対応できる体制を整える。
その為社員も大幅に増員する予定だ。
拓は、今業界で注目を浴びているこの建築事務所で地道に経験を積んでいるところだった。
この日拓は出社してから自分のデスクでパンをかじりながらコーヒー牛乳を飲んでいた。
朝はコンビニかカフェで済ませる事が多い。
そこへ、涼平が出社してきた。
「拓、おはよう」
「涼平さん、おはようございます」
「なんだー、お前またコンビニのパンか?」
「今日は寝坊しちゃってカフェに寄る時間がなかったんです」
「そっか。まあ独身時代は俺も同じようなもんだったから、偉そうには言えないんだけどな」
涼平はそう言って笑った。
すると横から拓と同期の岡田が口を挟む。
「でも涼平さんはそのカフェで奥さんと出会ったんですよねぇ。どこに出会いが転がっているかわかりませんよねー」
「ハハッ、まあそうだな」
涼平は照れたように笑った。
「ところで若手諸君、実は北海道の案件なんだけど……」
涼平が二人に向かって口を開きかけた時、清水という男性社員が来て涼平に言った。
清水は涼平の四期下の後輩だ。
「涼平さん、その件は僕から話しますよ」
「そっか、じゃあ頼んだぞ」
涼平はそう言うと、拓の肩をポンと叩いて自分のデスクへと戻った。
「改まってなんすか?」
岡田が清水に聞く。
すると清水はスマホに写真を表示させて二人に見せた。
「これは?」
拓が聞くと、
「北海道の案件の打ち合わせの後の写真だよ。担当の女性、まあまあ可愛いだろう?」
清水は鼻の下を伸ばして言った。
スマホの写真には、涼平と清水、そして取引先の男性社員二人と女性社員一人の計五人が写っていた。
撮影場所は居酒屋のようだ。おそらく打ち合わせの後に飲みに行ったのだろう。
先週涼平と清水は、北海道出張へ行って来たばかりだった。
「これってあの案件の担当者ですか?」
「そうだ。今度うちが造る体験型ミュージアムの担当者だ」
「まあまあ可愛い子ですね」
「だろ? 色白でまさに北海道美人だ! お前らも会いたいだろう?」
「そりゃ会えるならもちろん」
岡田は鼻の下を伸ばしてニヤニヤしている。
そして、
「拓もちゃんと見てみろよ」
と拓の背中を叩いた。
しぶしぶその写真を見た拓は、写っている五人を順に見た後突然ハッとした。
なぜなら五人の背後に見覚えのある顔が写っていたからだ。
その人物は、明らかに拓が探し求めていた女性だった。
(真子!)
拓は急に前のめりになってその写真を見つめる。
そして、
「先輩ちょっと拡大させてもらっていいですか?」
拓はその写真を拡大した。
するとさらにその女性の顔がはっきりと見える。間違いなく真子だった。
化粧をして当時よりは少し大人びていたが、写真の中の女性は拓の記憶の中に生きる真子そのままだった。
拓の真剣な表情に気付いた二人が聞く。
「おい、拓どうした?」
「拓、知り合いか?」
そこで拓はハッとすると、
「あ、う、うん…ちょっと…..」
と言葉を濁す。
すると清水が拓に言った。
「後ろの女性は、居酒屋で隣の席にいた女性二人組のうちの一人だ。美人だったから覚えてる」
「な、何か言ってませんでしたか? どこから来たとかどこに住んでいるとか?」
「うーん、どうだったかなぁ……あっそういえば、その二人は俺達よりも先に店を出たんだが、帰り際にこの女性が連れの女
性に言ってたな…『私は歩いて帰るから』って。うん、それははっきり覚えてる」
「歩いて? って事は、市内に住んでいるって事ですよね?」
「多分そうだろうな」
清水が答えると、岡田が興味津々で聞いた。
「拓、彼女に会いたければ今度の社内コンペで頑張ればいいんじゃね?」
「そうだよ。岩見沢市の案件は、加納さんも涼平さんも若手に頑張って欲しいって言ってるんだ。だからもし社内コンペで企画
が通れば北海道への長期出張も可能だ。チャンスじゃないか?」
「そうだよ、拓、頑張れよ!」
「社内コンペ……」
真子がもし岩見沢市内に住んでいるとしたら、長期出張の間に真子の居場所を突き止められるかもしれない。
そう思うと、俄然やる気が湧いてくる。
その時拓は、真子と別れた日の事を思い出していた。
コメント
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まさかの居酒屋会議が涼平さんの会社の人の写真に入り込んでたなんて✨✌︎('ω')✌︎ これは〜拓君も驚いて腰抜かすレベル🏁👀‼️ これはコンペで岩見沢に行かねば‼️ そして頑張って真子ちゃんを探し出すんだ❣️拓君٩(^‿^)۶