そして次の週、真子は拓と待ち合わせをしている裏門へ向かった。
裏門の辺りは人通りが少なく待ち合わせ場所にはもってこいだ。
最近二人はよくここで落ち合ってから一緒に帰っていた。
真子が係の仕事を終えて裏門へ向かうと、裏門の木の横に拓が立っているのが見えた。
その瞬間、真子にはいたずら心がムクムクと湧き上がってくる。
真子はいつもとは違う右ルートから回り込み、背後から近づいて拓を驚かせようと企んだ。
昇降口の裏手のドアを出ると、すぐに右手に回りに進む。
花壇の合間を縫うように歩き、足音を立てないように背後からゆっくりと拓に近づいた。
拓から二メートルほどの所まで来ると、大きな銀杏の木に隠れる。
そこからしばらく拓の様子を観察していた。
スラリと伸びた長い足、ガッチリとした筋肉質の身体、
ほんのり明るいブラウンの髪が風に揺れている。
バスケ部を引退してからの拓は、髪を少し長めにしている。
どこからどう見てもイケメンの拓を見て、真子は自分が拓の彼女だという事がいまだに信じられずにいた。
それほど拓は素敵だった。
その時真子は急に拓の唇の感触を思い出した。
あの日京都の森の中で、自分の胸に熱いキスをした拓の唇をだ。
あの時の事を思い出すといまだに胸が疼く。
その時、ガヤガヤと声が聞こえて来た。
拓のバスケ部の仲間達が歩いて来たようだ。
「よお、拓! 最近付き合い悪いじゃないか」
「ごめん! 色々と忙しくってさ」
「お前、宮田真子と付き合ってるんだって?」
「うん」
「やっぱそうなんだ、意外だったんでびっくりしたよ。お前はもっと健康的で肉感的な女が好きなんだと思ってたからさー」
「そうか?」
「そうだよ。宮田さんて美人でスタイルいいけれどたしか身体が弱いんだろう? いつも体育見学してるし」
するともう一人が言った。
「拓は精力絶倫だから、ああいう儚げなタイプだと物足りないんじゃないのー?」
そこで他の二人がどっと笑う。
「やり⚫ン拓は、もう宮田さんとやったのか?」
「そんなのお前に教える訳ねーだろ」
「あっ、コイツまだやってないな」
「図星ー?」
「確かにな―、病弱な女にグイグイ腰振る訳にはいかないよなぁ」
「拓、溜まってるんじゃないか?」
「お前欲求不満だろう? マジ同情するわ」
「セフレならいつでも紹介するぞ」
仲間達は好き放題言い始める。
「おいおい…お前らいい加減にしろ」
拓は呆れた様子で言った。
「本当の事言ったから拓チン怒っちゃったー」
「マジで? 手の早いお前がマジでまだなんだ!」
「うるさいなー、お前らさっさと消えろ、ほらシッシッ!」
拓が面倒くさそうに仲間を追い払うと、三人は笑いながら裏門の外へ出て行った。
「ったくなんだよあいつら…」
拓はそう呟きながら暗い表情をしている。
仲間に言われた事は図星だったのかもしれない。
少なくとも真子にはそう見えた。
真子は飛び出すタイミングをすっかり見失っていた。
そしてその場で動けずにいる。
その時、また誰かが拓に近づいて来た。
真子がこっそり覗き見ると、それは拓の元カノの小早川美紅だった。
「拓!」
「おう、お前から話しかけて来るなんて珍しいな」
「うん、ちょっと今いい?」
「これから真子が来るからあまり時間ねーけど」
「ふうん、宮田さんとは上手くいってるんだ」
「お陰様でな」
「でも、拓って今満たされていないでしょう?」
「え?」
「私知ってるんだよ。拓と宮田さんがプラトニックなの」
「ハッ? お前何言ってるんだ?」
「二人を見ていればわかるわよ。女をなめないで」
「…………」
そこで拓は黙り込む。
「そんな付き合いで大丈夫? 拓はアレがないと無理なんじゃないの?」
美紅はフフッと笑いながら言った。
「そんなのお前に関係ないだろう?」
「あーら、関係ないなんてよく言えたわね。私とはアレばっかりだったくせに」
「それはお前がセフレでいいって言ったからだろう?」
「そうよ。でもあんなに激しかった拓が、今宮田さんとプラトニックだなんてなんだか笑っちゃうわ。絶対拓無理してる!」
「そんな事ねーよ。プラトニックだとなぁ、返って深い心の繋がりがあるんだ。だから俺はそれで充分満たされてる」
「フフッ、カッコつけちゃって! でもね、三年間バスケ部のマネージャーとしてずっと傍で拓を見てきた私にはわかるのよ。
拓は今かなりの欲求不満だってね。だからつい不憫で声をかけちゃったわ」
「ハッ? お前何言ってるんだ?」
「ねぇ……宮田さんとはプラトニックを続けたままでいいから、私とセフレに戻らない?」
「ばっか! 何言ってるんだ…」
「私だったらいつでも拓を満足させてあげられるわ」
美紅はそう言って拓に抱きつく。
「わっ、おいっ、やめろっ…」
拓はすぐに美紅を突っぱねた。
その瞬間、美紅が大声で言った。
「私だったら好きな人をこんな目には合わせない。好きな人に我慢させるなんて酷過ぎる。そんなの愛でも何でもないわ。私が
宮田さんの立場だったら、拓の為を思って身を引くわよ」
美紅の言葉に真子は衝撃を受けていた。
(拓の為に身を引く……)
その時拓は強い口調で言った。
「お前とはもうとっくに終わってるんだ。だから放っておいてくれ」
拓は美紅を置いてその場を立ち去った。
後に残された美紅は、しばらくの間呆然と立ち尽くしていたが、
その後すぐに泣きながら裏門の外へ駆け出して行った。
コメント
2件
このシーンが一番苦手です…
一番見たくなくて聞きたくない台詞…美紅は拓君とは体だけの付き合いだったんだろうけど今は真子ちゃんとで美紅には関係ない。それに身を引くなんてできないくせに無責任なことを言わないで欲しいし、真子ちゃんも自分と拓君を苦しめることを自分よがりでしないで欲しい‼️