翌日華子が出勤すると、その日同じシフトだったパートの野村とアルバイトの大木が華子の傍に来て言った。
「三船さんは陸さんのフィアンセだったのね。婚約したって聞いてびっくりしちゃったわ。おめでとうございます」
「いやー僕も驚きましたよ。まさかアノ社長が結婚するなんて、いやマジでびっくりです」
「すみません、なんだか驚かせちゃって」
華子は申し訳なさそうにペコリとお辞儀をした。
「ううん気にしないで。大木さんなんて『陸さんは男に興味があるんじゃないか』ってずっと疑っていたのよ。だからおめでたい話を聞いてホッとしているんじゃない?」
「だって陸さんモテるのに全然結婚しないしマッチョだし、てっきりアッチ系だと思うじゃないですか」
そこで華子と野村が声を出して笑った。
「確かにあの肉体だと勘違いされそうね」
「そっかぁ、マッチョだとそういう心配もあるのね」
「そうですよぉー男がライバルなんて事になったら大変ですから気を付けて下さいね」
大木が真面目な顔をして言ったのでまた女性二人が声を出して笑う。
とにかく朝からお祝いムードの楽しい雰囲気の中で一日がスタートした。
和やかな雰囲気の中で仕事をしているとあっという間に時間が経つ。気付くと既に午後の三時半になっていた。
華子はレジでおかわりの注文をしに来た女性の対応をしていた。そこへ新たな客が入って来た。
華子が女性にコーヒーを渡してから今入って来た客の顔を見上げるとそこには重森がいた。
驚いた顔をしている華子に向かって重森が言った。
「また来たよ」
「いらっしゃいませ」
華子の態度は少しぎこちない。
「ご注文はお決まりですか?」
「じゃあブレンドのMで」
「かしこまりました」
華子は他人行儀に言ってから隣りにいた野村に注文を伝える。そして重森からクレジットカードを受け取ると素早く会計を終える。華子のあまりにも事務的な対応に苛立った重森が言った。
「今日はなんだかやけによそよそしいな」
「そう? そんな事はないけど?」
華子は平静を装って答える。
「まあいいや。仕事は何時まで?」
「なんでそんな事を聞くの?」
「いや、仕事終わりにちょっと話せないかなと思ってさ」
「私はあなたと話す事なんてないわ」
「俺の方があるんだよ」
重森はそう言うと華子の顔を睨む。この表情には覚えがあった。
大学時代重森は気に入らない事があるといつも、
「俺の言う事を聞け」
と言ってこの表情になる。重森は今も昔も変わっていない。
(私ったらこんな男の事を四年間も追いかけていたのね…ばかみたい)
そして華子は落ち着いた声で言った。
「私は話す事なんてないわ」
華子は隣で心配そうにしている野村からコーヒーを受け取るとトレーに載せて営業スマイルで言った。
「あちらでどうぞごゆっくり」
その儀礼的な態度に重森は愕然としていた。昔の華子だったら重森に対しこんな冷たい態度は取らなかった。
(華子は変わった? あの頃の華子とは違うのか?)
重森は胸の内の動揺を悟られないように言った。
「はいはいわかりました退散いたしますよ」
重盛はトレーを受け取るとおとなしくテーブル席へ向かった。
そこで華子はフーッと息を吐く。
「大丈夫? あの人知り合いなの?」
隣りで野村が心配そうな顔をしている。
「すみません、実はあの人大学時代に付き合っていた人なんです」
「えーっそうだったのー、あぁ、だからね」
「?」
華子が不思議そうな顔をすると野村は笑顔で言う。
「きっとね、三船さんが今とても幸せそうだから後悔しているんじゃない? なんかそんな雰囲気がしたわ」
「後悔?」
「そう。オトコって元カノが幸せになっているのを見ると自尊心が傷つくらしいわよ。三船さん今とっても綺麗だし素敵な指輪もしているし、そういうのを見て『俺は負けた』って思うんじゃない?」
野村の言葉を聞き、華子は更に不思議そうな顔をする。
「えー? でも振られたのは私なんですよ? それに別れた直後は私の方が未練たらたらだったし」
「そうなの? でもね、自分にぞっこんだった女性が自分の事をあっさり忘れて他の男と幸せになっているっていうのが気に入らないんじゃないのかしら? ほんとオトコってバカよねぇ」
野村は小声で言うとクスクスと笑った。
「そうなのかしら」
華子はそう呟きながらチラッと重森の方を見る。すると重森は華子へ熱い視線を送っていた。
あの頃の華子だったら重森にやきもちを妬かれ熱い視線を送られたらきっと飛び上がって喜んでいただろう。
しかし今の華子には気持ち悪いとしか思えなかった。
その時野村が華子の左手を取って言った。
「ねぇねぇその指輪、陸さんからでしょう? すっごく素敵よねぇ。よーく見せてよ」
野村は華子の指輪をじっと見る。
「これは婚約指輪なの?」
「あ、いえ違います。これは普段身に着けられるようにって」
「へぇー、仕事中も身に着けていて欲しいって思ってるんだ。あの陸さんがそんな風に思うなんて三船さんよっぽど大切に想われているのねぇ」
「そうなんでしょうか?」
華子は少し頬を染めながら何気なく野村の左手を見た。するとそこにはキラリと光る宝石が見えた。
いつもは結婚指輪しか着けていない野村が赤い石がついた指輪を重ね付けしている。おそらくルビーだろう。
「あれっ? 野村さんの指輪も素敵! ご主人からですか?」
華子が聞くと野村は嬉しそうに言った。
「うん。昨日結婚記念日だったのよ。でね、私誕生石のルビーを持っていなかったから夫が買ってやるって言って…」
野村は両手を頬に当てて恥ずかしそうに言った。
「それはおめでとうございます。それにしてもご主人優しいですねー」
「うふっ、なんか急にね。三船さんの指輪ほど立派じゃないけれどなんかこういうの買ってもらったの久しぶりで、それで嬉しくてつい着けて来ちゃった」
「いえいえとっても素敵ですよー! 結婚してからも指輪をプレゼントしてくれるなんて素敵なご主人だわ。そういうの憧れます」
それから二人はしばらく指輪談義を始めた。
女性二人が互いの指輪を見せ合いながら楽しそうに話している様子を重森は苛立った様子で眺めている。
そして憮然とした態度でコーヒーをグイッと一気に飲み干した。
コメント
4件
野村さんさりげなくアピール💍❤️素敵💓オマケに牽制もバッチリ👍最高です😊
野村さんの指摘の通り重森は以前のように華子が自分になびかないからイライラしてるんだね🤭 4年もあったら人間変わるって知らないのかな?それに💍で牽制されたのも面白くないんだろうけど事実陸さんは婚約者だしね👩❤️💋👩 ストーカー化しそうな感じだしいつまでも諦めが悪い男は嫌われちゃうよー、重森😡🙅⤵️⤵️
陸さんとの婚約を 職場の皆さんにも祝福され、幸せそうな華子チャンですが.... 🍀💍✨ 重森がまたもや来店.... 元カノとは言え、指輪をしていて もうパートナーがいる人に言い寄るのは如何なものかと....😱 華子チャンに何事も無ければ良いのですが 心配....😰 陸さんに相談した方が良いかも🤔