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長年連れ添った妻が死んだ。65歳だった。
妻とは学生時代からの付き合いで、人生を共に歩んできた。妻は私の全てだった。私は妻がいたから仕事を頑張ることができたし、辛いこと、哀しいことも乗り越えることができた。子供には恵まれなかったがそれでも何気ない日常を素晴らしいものへと変えることができたのだ。
だが、妻はもういない。私は一人で残りの人生を生きていかなければならないのだ。妻は死に際、私にこう言った。
「あなたは私が死んだ後、きっと哀しむと思うけど、一度きりの人生なんだから立ち直って人生を歩まないと勿体無いわよ。できるだけゆっくりこっちにきてね。」
妻の言った通りである。ずっと「哀」しんでばかりではいけない。残りの人生を精一杯生きなければ、死ぬ間際でさえ心配をかけさせてしまった妻にも申し訳ないだろう。そのためにはこの「哀しみ」を忘れるぐらいの何かが必要である。
私は趣味に打ち込むことにした。私の趣味とは車のことで、私の車を私好みに改造したり、知り合いの車を改造を交えながら修理したりする。幸い老後のために貯めておいたお金もある。子供もおらず、身寄りも弟ぐらいしかいない私にはあまりお金を残しおく意味もないだろうから、趣味のためにお金を使うことにした。弟が車を販売する店を経営しており、そこで車を買うことにした。私が車を買いたいと弟に電話で伝えると、弟は引き受けてくれた。
「兄さんももう高齢者ドライバーなんだから、頼むから事故とか起こさないでくれよ。」
店に出向いた私に弟は笑いながらこう言った。
「大丈夫だよ。私の趣味はあくまで車の改造であって乗り回すことじゃないからね。乗ったとしても近所周りぐらいさ。」
私がこう言うと弟は「ならばいいけど」と返しながらお目当ての車がある車庫まで案内してくれた。車の整備をしながら弟はこう聞いてきた。
「兄さんが車好きなのは知ってるけど、結構高いよこの車。お金は大丈夫なのか?」
私は笑いながらこう返した。
「私もいつまで生きれるか分からないからね。残りの人生趣味に打ち込もうと思ってね。妻ももういないから止められる心配もないよ。」
すると弟は車の整備の手を止め、こう言った。
「心配してたんだよ。兄さん、何事も奥さんにつきっきりだったじゃない。奥さんが死んで哀しみから立ち直れるのか。でもひとまず大丈夫そうで安心したよ。」
弟にも心配されていたらしい。申し訳ないが私はまだ立ち直れてはいない。毎夜のように妻との思い出を思い出して泣いているのだから。だが弟を心配させたくはないので笑顔で返した。
弟は「何事も奥さんにつきっきりだった」と言っていた。妻は若いうちから病気を患っており、私は妻の看病をしつつ働いていたのである。正直大変ではあった。それこそ趣味に打ち込む時間など無かった。だが不満は無かった。大変なことが気にならないほど私は妻を愛していたのだと思う。妻は私によくごめんなさいと謝っていた。だがその度に私は大丈夫だと言い、哀しそうな目をする妻を見るたびに妻のために頑張って生きなければと思っていた。だが妻が死んだ今はどうだろう。私は何のために生きているのか。生き甲斐はなんだ。妻を失ったことによって私は抜け殻みたいになっているのではないだろうか。今更趣味に没頭したところで私の心の隙間を埋めることはできるのか。今私の感情は間違いなく虚無感と「哀しみ」に支配されている。
~数日後~ 妻の死から一ヶ月
いつもなら近くの歩いて10分ぐらいのスーパーに運動も兼ねて歩いて買い物に行くのだが、今日は気分を変えて車で行くことにした。車の運転の心地はとても良く、短い距離だが気分が少し晴れ晴れしている気がする。スーパーでの買い物を終え、駐車場の車へ向かって
いると、私の車をじろじろ見ている男が見えた。私がその男に近づくと、男は少し驚いた様子でこう言った。
「あっ、すみません。僕車好きなもので、とても良い車だと眺めてしまってました。不快にさせてしまいましたかね。」
男は見る感じ40代くらいだろうか。
「大丈夫ですよ。私も車好きでね。ここら辺に住んでおられるのですか?」
私がこう返すと男はこう言った。
「一週間前にここの近所に引っ越してきまして。車好きの人がいれば仲良くなりたいと思っていたところにこの車を見かけたのです。この後よろしかったら近くのカフェで車のお話をしませんか。」
いきなりの男からの提案に少し驚いたが、この後の予定はなかったので一緒にカフェに行くことにした。
男は私なんかにはお洒落すぎるようなカフェに案内してくれた。近所にこんな場所があったなんて知らなかった。私達はコーヒーを飲みながら車について色々話していた。男はなかなかのマニアらしい。私の知らないこともたくさん知っており、とても楽しかった。ふと私は気になったことは聞いてみた。
「なぜここら辺に引っ越してきたのです?転勤とかでしょうか。」
私がこう聞くと男は少し暗い表情をし、「少し話すと長くなりますが」と言うとこう話し始めた。
「私には10歳の一人娘がいました。妻と一緒に他のことが目に入らないほど可愛がってきたんです。一年半前のことです。娘はトラックに轢かれました。下校中に赤信号でなぜか飛び出してしまったんです。私達が病院に着いた頃にはもう娘は瀕死状態でした。励ましの言葉も娘に伝わってたかどうか分かりません。程なくして娘は息を引き取りました。」
私は後悔した。なんて相手に対する気遣いのない質問をしてしまったのだろう。男はこう続けた。
「最初はトラックの運転手に対する怒りが込み上げていました。娘が赤信号で飛び出したとしても、注意して運転していれば轢くことはなかったのではないかと。ですがそれは娘が死んだという実感がまだ無かったからで、すぐに私は娘を失った哀しみに心が支配されました。病院を出た後の数日間は記憶がありません。トラックの運転手と会社の社長が家まで土下座をしに来たらしいですがその記憶も無いです。運転手だって娘が赤信号で飛び出してきたせいで人生が変わってしまったのですから、可哀想にも思うくらいです。」
私はなんと言葉を返していいか分からなかった。この男も大切な人を失っていたのだ。男はこう続けた。
「娘だけは僕が死ぬ時にそばにいて欲しかった。僕より長生きして欲しかった。娘が死んでから半年以上私は何もできなかった。そんな僕を支えてくれたのは妻でした。私達が駄目になったら一番悲しむのは天国にいる娘だと。ただそれでも僕は娘と一緒に暮らした家、地域で過ごすのが耐えれませんでした。どこを見ても娘との時間を思い出してしまうから。妻も同じだったようで、僕達は引っ越しをすることに決めました。娘との時間を忘れるためではなく、死んだ娘のために。妻との新しい人生を始めるために。」
私は私自身の愚かさに気付かされた気がした。私は妻のことを忘れようとしていた。「哀しみ」を趣味で紛らわそうとして、結局前に進もうとはしてなかった。だがこの男と男の妻は娘のことと向き合いつつ、前に進むために行動している。私は男にこう言った。
「あなたは立派だよ。私も先日長年連れ添った妻を亡くしたんだ。長年病気を患っていたから覚悟はできていたつもりだったんだがね。私は妻を失った哀しみから逃げようとしてたんだな。」
男はこう返した。
「そうだったんですね。あなたも大切な人を失った。でも、哀しみから逃げることは悪いことでは無いと思います。僕達だって逃げるために引っ越してきたんです。大切なのはその哀しみの原因を忘れようとしないことだと思います。大切な人と過ごした時間をできるだけ忘れないで、残された僕達が元気に生活を送ることができるのであれば、それで十分だと思います。」
そう言う男の目には涙が浮かんでいた。私も知らないうちに涙を流していたようである。テーブルに水滴が落ちていた。
~数日後~
私は妻の墓参りに来ている。墓の掃除と妻が生前好んでいたどら焼きを供えながら私は妻の墓に語りかけた。
「そっちで元気でやっているか?新しい友達はできたか?私は友達ができたぞ。私より20歳くらい年下だが、私なんかよりはるかに立派な男だ。彼も趣味が車でな。知識も私よりあるみたいで少し悔しいけど、本当に立派なやつなんだ。お前死ぬ間際に立ち直って人生を進めって言ったよな。その意味がやっと分かった気がするよ。またすぐにどら焼き持って来るから待っていてくれ。愛しているよ。」
人は「哀」しみを忘れることはできやしない。だからその「哀」しみに向き合って進まなくてはいけない。私は残りの人生、この「哀」しみとともに歩んでいく。それが妻と共に歩むということになるのだから。