週末の土曜日、良輔はゴルフ接待で早朝から出かけていたので凪子は久しぶりにゆっくり起きた。
本当にゴルフかどうかは分からない。
おそらく帰って来た時の良輔の態度でわかるだろう。
ここ最近、凪子は毎日予定を入れて夜遅く帰るようにしていた。
それはもちろん良輔に抱かれない為だった。
愛人と上手くいっていないとすれば、必然的に凪子にそのお相手が回って来る可能性が高い。
不倫相手で解消していた性欲を、そのままこちらに向けられてはたまったものではない。
ここ一年程淡白気味だった夫が、急に絶倫になったのもそういう事だ。
すべて絵里奈の影響だ。
そんな身勝手な夫に都合よく抱かれたくはない。
愛人によって植え付けられた性欲は愛人で解消しろと言いたい。
凪子は日に日に少しでも早く離婚したいという思いが強くなっていた。
それと反比例するかのように、良輔への愛情がものすごい勢いで減って行くのを感じていた。
しかしもうしばらくこの家には居なくてはならない。
となると、今後も夫から求められる事もあるだろう。
その時の為に凪子は準備をしていた。
先日、いつものレディースクリニックへ行きピルを処方してもらう際に、
膣炎の飲み薬と軟膏を処方してもらった。
本当は膣炎の症状など一切なかったが、嘘をついて処方してもらった。
長年通う馴染みの医師に嘘をつくのは心苦しかったが、このくらいなら許してもらえるだろう。
もし今後良輔に求められたら、膣炎を言い訳に拒否する。
それだけでは心配なので、追加の対策として子宮にポリープが見つかったので、
現在子宮の検査もしてもらっていると言うつもりだ。
そして、拒否出来る期間を長引かせる。
凪子は自分の身を守るためにそう計画した。
凪子はシャワーを終えて簡単な軽く朝食を食べた後、
モデル時代からの親友である紀子の夫・紘一の弁護士事務所へ向かった。
マンションを出る際、昨日チェックするのを忘れていたポストへ寄る。
そこで凪子は、何通かの郵便に紛れて真っ白な封筒がある事に気づいた。
その白い封筒には、宛名も差出人も書かれていない。
不審に思った凪子は、その場で開けて見た。
すると封筒の中には、上半身裸のままベッドで眠っている良輔の写真があった。
「……!」
凪子は驚くというよりも、恐怖を感じた。
この写真をここへ入れたのはきっと絵里奈だろう。
絵里奈は二人の住所を知っているのか?
そしてここまで来たのか?
凪子はそこに絵里奈の強い執念のようなものを感じた。
(どうしよう…この写真……)
とりあえず約束の時間に遅れそうなので、凪子は震える手でその写真をバッグへしまうと、
急いで弁護士事務所へ向かった。
紘一の事務所へ着くと紀子も来ていた。
応接室へ通された凪子は、紘一へ言った。
「紘一さん、忙しいのに面倒な事を頼んでごめんなさいね」
「いやいや、僕でお役に立てるのなら。それにしてもまさかこんな事になるとはねぇ…良輔さんには本当にがっかりだな」
「本当にすみません…」
凪子は結婚式には紘一にも出席してもらっただけに、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「凪子ちゃんが謝る事はないよ。で、興信所からの調査報告書を見せて貰ってもいいかな? あとは証拠の写真とか」
「はい」
凪子は会社のロッカーに隠してあった膨大な量の写真と書類一式を紘一に渡した。
「私も見ていい?」
紀子が聞いたので、
「もちろん。でもショックを受けないでよ」
凪子は紀子には刺激が強すぎるのではないかと心配して一言付け加える。
紘一は調査報告書に目を通した後、写真を見始める。
その隣りで、紀子が写真を覗き込んでいた。
「嘘っ! 酷いわっ!」
親友の夫のあまりにも衝撃的な写真を見て、思わず紀子が叫ぶ。
そこで凪子はまた申し訳ない気持ちになる。
そして写真が例のカフェの場面に差し掛かると、凪子が言った。
「そのカフェ、初デートで行った場所なんです」
それを聞いた紀子が素早く反応する。
「妻との思い出の場所に不倫相手を連れて行くなんて! 良輔さん、ほんとどうかしているわ」
「まったくだな……」
紘一も呆れた様子で頷く。
全ての写真を見終えると紘一が言った。
「ひとまず結論から言うと、これだけの証拠があれば二人が不倫関係にある事はほぼ実証出来ると思うよ。まあ欲を言えば、二
人のメッセージのやり取りなんかがあるといいんだけれどね」
「スマホにはロックがかっているみたいで…でも今度解除できるかトライしてみます」
「あ、でも無理はしないでね。ご主人に見つかったら元も子もないから」
「はい……」
そこで凪子は、バッグから白い封筒を取り出して紘一に渡した。
「今朝、これがうちのポストに入っていたんです。これって相手の女性が入れたんでしょうか?」
紘一はすぐに封筒から写真を取り出して見た。
横から覗いていた紀子が思わず、
「うわっ!」
と声を上げる。
それに続いて、紘一も言った。
「こっ…これは……!」
もちろん凪子もその写真を見た時は驚いたが、二人はそれ以上に驚いているようだった。
そこで、不思議に思った凪子が聞く。
「寝ているのは、おそらくラブホテル内ですよね?」
「凪子、これ気づいてないの?」
「えっ? 何が?」
そこで紘一が写真のある部分を指差した。
それを見た凪子はギョッとする。
この写真を見た時、凪子は慌てていたので写真の中の良輔しか見ていなかった。
しかし今紘一が指差している部分には、ある女性の姿がはっきりと写っていた。
ラブホテルの壁の一部が鏡張りになっていたので、その鏡の部分には
下着姿でカメラを構えている絵里奈の姿がくっきりと写っていた。
おそらく本人も気づいていないのだろう。
しかし絵里奈がポストい入れた写真は、良輔と絵里奈がラブホテルにいたという紛れもない事実を示す
りっぱな証拠写真となってしまったのだ。
「ハハッ、これは証拠になるぞ! 馬鹿な女だな」
「ほんと! まさか自分が写り込んでいるなんて思わなかったのね」
「全然気づかなかったわ! 二人とも凄い! で、この写真はこちらに預けておいた方がいいかしら?」
「そうだね! もし破棄されでもしたら困るから、うちの方で預かっておくよ!」
「あっ、でもその写真のコピーを二枚もらえますか?」
「コピー?」
「はい」
「何に使うの?」
「ちょっと良輔を懲らしめようと思って!」
それを聞いた紀子がフフッと笑って言った。
「それには私も賛成!」
「おいおい、君達を怒らすと怖そうだな……じゃあ今コピーを取って来るよ! 二枚でいいんだね?」
紘一は確認してからコピーを取りに行った。
ドアが閉まると紀子が言う。
「アレでしょう? 昔一緒に見た映画の!」
「そう、アレよ! 妻が浮気相手から送られた写真を、わざともう一度ポストに戻すの。で、夫に発見させるっていうアレ!
私も良輔がどんな顔をするのか見てみたいもの」
「フフッ、さすが凪子らしいわ! でも写真は二枚? あと一枚はどうするの?」
「それは予備で持っておくのよ。 何かの時に使えるかもしれないし」
「ああ、なるほどね!」
紀子は納得した様子だった。
「でも良かった…凪子少し元気になったみたいだから。そういえば、この前教えてもらった『なつみん』さんのブログ読んだ
よ。でもさ、あの中の夫に求められたら素直に応じる~は絶対に無理でしょう? 凪子潔癖症だもん! それをずっと心配して
たの」
「うん、最初は我慢しなくちゃって思ってたの。でもね、やっぱりもう良輔とはセックス出来ない。戸崎さんって覚えてる?
彼が調べてくれて、今の私の状況ではセックスを拒否しても不利にはならないから無理してやるなって言われた」
「戸崎さん、もちろん覚えているわよ。私昔、凪子には戸崎さんと付き合って欲しいって思ってたんだもん」
「え? そうなの? なんで?」
「だって話を聞いてたら二人は相性ピッタリだなって思ってたわ。なのに、突然良輔さんと付き合うって言い出すんだもん。
びっくりしたのよ、あの時は」
「そうお? 紀子がそんな風に思ってるとは知らなかったわ」
その時紘一が戻って来てコピーを凪子に渡している時、紀子が夫に聞いた。
「不倫を知った妻が夫のセックスを断っても、妻は不利にはならないわよね?」
「もちろん。逆に今はそういった妻の方を守る風潮が高いからね。もし無理やりにでも妻と性交渉を持とうとしたら一発でアウ
トだ」
「良かったね、凪子!」
「うん」
その時凪子は、信也が言った事が本当だと知り、感謝の気持ちでいっぱいになった。
打ち合わせを終えた凪子は、二人に礼を言ってから弁護士事務所を後にする。
次にここへ来るのは、離婚について動き出す時だ。
凪子はホッとすると共に、次の闘いへ向けて気合を入れた。
コメント
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紀子さん、紘一さんの心配が良輔の不貞の写真で明らかになったのは本当に残念だけど真実だし。 とにかく徹底的にやるためには音声やメッセージのやり取り他…キレる凪子さんだからこれから復讐心がメラメラ🔥で証拠もたくさん集めそう‼️ 頑張って凪子さん❗️💢