テラーノベル
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「あ、そうだ」肩越しに振り返り、お父さんが言った。
「リョウ君が言っていたよ? キミカが帰ったらすぐ電話させろってさ」
「えっ、リョウが?……なんか、気が進まへんなぁ。リョウってすぐ説教始めるねんもん」
「ははは……。そう言わないでやってよ。リョウ君、本当にキミカのこと、いつも心配してくれているんだから」
「それは分かってんねんけど……」
「それと――二、三日、ゆっくりしたらお祓いを受けてもらうからね。神様ご自身が対処してくださったのなら心配はないだろうけど、万が一のためにね」
「……ユカリは? お祓いならユカリも受けさせてあげて欲しいんやけど」
「心配無用だよ。あの子なら退院したその次の日にお宮に来てもらった」
そんな遣り取りを交わしながら、うちらは病院の敷地の端にある駐車場へと向かう。
と、駐車場の片隅にドアの部分に電話番号と『童ノ宮 厄除け・子宝・火伏の神様』というプリントがの入ったワゴン車が止まっていた。
その運転席にお父さんが乗り込みながら、
「帰る前にどこかで昼ごはん、済ませておこうか。……何か食べたいものは?」
「キツネうどん、かな」助手席に乗り込みながらうちも答える。
「それと稲荷寿司も食べたいねんけど……」
「じゃあ、天狗庵か。……それにしても、キミカは油揚げが本当に好きだね」
肩で小さく息をつきながら車のエンジンをかけるお父さん。
と、その時、突き刺さるような視線を感じ、うちは顔をあげた。
お父さんの運転する車は駐車場を周回し、病院の建物を左手に見ながらゆっくりと走ってゆく。うちが入院していた病院の壁面はガラス張りになっていて、外からでもナースステーションから各病室へと続く長い廊下が見えた。
廊下の真ん中に、その女は立ち尽くしていた。女が外来や入院患者でないことは一目瞭然だった。女は古めかしい着物をきており、元は白かったであろうそれはあちこち赤黒い染みに染まり、よく見れば刀で斬りつけたような傷跡もある。その萎れた海藻のような髪は長く、風もないのに宙で逆立ち波打っているように見えた。
それよりもうちの気を引いたのは女の目。より正確に言えば女に眼球はなかった。女の眼窩はポッカリと開いており――、タダの黒い穴だった。
にもかかわらず、うちは女と視線があった気がした。ニィッ、と女が真っ赤な唇を歪めて微笑んだ。気持ちの良い笑い方じゃない。控え目に言って、憎悪と悪意に満ちた笑い方だった。
だけど、うちは怖いとは思わなかった。だって、うちには童ノ宮の神様が――、稚児天狗が憑いているから。考えようによっては、それはうちが呪われていることと同義なのかもしれない。だけど、うちに憑いた呪いは他の呪いがうちを横取りすることを決して許さない。
たとえ最期は連れ去られる運命だとしても、その先にだって幸せや大切な人達との絆を深めることはできるような気がする。祈りと呪いは神一重、と昔からよく言うし。
「なぁ、キミカ。お父さん、少し考えたんだけどな――」
「……え? ……何?」
「いや、だからうどんもいいけれど、たまにはラーメンもどう? 駅前に新しいラーメン屋さんがオープンしたらしいんだけどね」
「う、うーん。うち、今、病み上がりやし、あんまり油っこいのはちょっと――」
「それもそうか。じゃあ、ラーメンはまた今度にするか。その時はキミカも付き合ってくれよ?」
苦笑いしながらアクセルを踏んでお父さんは車を発進させる。サイドミラーの中で遠ざかってゆく病院の中で眼球のない女が何かを叫んでいる。恐らく、否、間違いなく呪詛を投げつけようとしているのだろう。
座席のシートにうちは深く身を沈め、静かに目を閉じる。そして、心の中で唱え事を始める。
オン アロマヤ テング スマンキ ソワカ。
オン ヒラヒラ ケン ヒラケンノウ ソワカ。
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