それから数日後、昼食を終えた理紗子が執筆に集中しているとスマホに着信があった。
『03』で始まるその電話番号にはなんとなく見覚えがあった。そこで理紗子はハッとする。
もしかしたら前に勤めていた会社かもしれないと思い慌てて電話に出た。
「はい、水野です」
「あっ、水野さん? お忙しいのにごめんなさいね。私、三友不動産人事部の山崎です。覚えていらっしゃるかしら?」
「もちろんです。お久しぶりです。その節はお世話になりました」
「うわぁ嬉しいわー水野さんすっかり有名になっちゃったんですもの。でね、今日お電話したのは今年の『ウーマンズレクチャー研修』の講師を水野さんにお願いできないかなぁと思って連絡させてもらったの。どう? 引き受けてもらえないかしら―」
「えっと、とっても光栄なのですが私講師とかってやった事がなくて上手く出来るかどうか…….」
「それは全然大丈ー。研修は2時間なんだけれど最初に自己紹介だけしてもらってその後は対談形式にしようと思ってるのよ。あらかじめ質問する内容は前もってメールでお知らせするし。だから特に準備する事なんて何もないのよ。あ、最後に質問コーナーは設けようと思ってるけどね」
「だったらなんとかなるかしら? わかりました。じゃあお引き受けします」
理紗子は恩返しの意味で引き受ける事にした。
「嬉しいわーありがとう! じゃあ詳細については後でメールで送るわね。あ、メルアドは昔と変わってないかな?」
「はい、あのままです」
「わかりました。じゃあそういう事でよろしくお願いします。わからない事があればいつでも電話してね」
「はい。こちらこそよろしくお願いいたします」
理紗子は電話を切るとフーッと息を吐いた。
電話をくれた人事部の山崎は女性は理紗子が入社した時から退職するまで色々と世話になった人だ。
こんな事で恩返しが出来るなら容易い事だ。
しかし理紗子は急にハッとする。
研修は女性社員を対象にしたものなので弘人はセミナー会場には来られないが同じビルにいる事には変わりない。
もし社内でばったり会ったらどうすればいいのだろうか?
(どうしよう…….)
理紗子はすぐに健吾にメッセージを送る。
するとすぐに健吾から電話が来た。
「今って時間ある?」
「うん。大丈夫」
「じゃあ今から少しドライブにでも行かない?」
思いがけずに健吾が誘ってくれたので理紗子の顔が輝きを増した。
「うん、行く!」
「30分後にマンションの前に行くから降りて来て」
「わかったわ」
理紗子は嬉しくてつい声が弾んでしまった。
健吾と車で出掛けるのは久しぶりだ。
健吾の投資セミナーの帰りにドライブに行って以来だから10日ぶりくらいだろうか?
理紗子はすぐに何を着て行くか悩む。
悩んだ末無難にグレーのVネックのセーターに黒のシフォンのフレアースカートを合わせた。
もちろんアクセサリーは健吾に買ってもらった黒蝶真珠も着けていく。
シャワーは朝浴びていたのでボディクリームだけを慌ててつける。
健吾はこの香りを常につけていて欲しいと言ったので理紗子は念入りに身体の隅々までクリームを塗り込んだ。
そしてメイクを整えた後結んでいた髪をほどき丁寧にブラッシングをする。
家の戸締りをチェックしてから時計を見るとそろそろ健吾が迎えに来る時間だった。
理紗子は慌ててバッグを手にすると玄関を出てマンションのエントランスへ向かった。
理紗子がマンションを出るとマセラティの運転席にサングラスをかけた健吾が座っていた。
今日もドキドキするほどいい男だ。
理紗子が「お待たせ」と言って助手席に乗ると健吾はすぐに車をスタートさせた。
時刻は午後3時を少し過ぎていた。
「今日はどこに行くの?」
「うーん、千葉の方にでも行ってみるか?」
「っていう事はアクアライン? うわーっ楽しみーっ」
途端に理紗子がはしゃぎ出す。
健吾は今日は海鮮料理が食べたい気分なんだと話すと理紗子も魚が好きだと言った。
理紗子の実家は九州なので子供の頃から新鮮な魚料理が多かったようだ。
父親が晩酌をする際にはよく刺身が食卓に並んだと言う。
その時理紗子の話を聞いていた健吾が突然大声で叫んだ。
「理紗子っ伏せてっ!」
「えっ?」
「いいから、頭を伏せて隠れてっ」
理紗子は何が何だかわからないといった様子で驚きつつも健吾の言う通りに頭を伏せて隠れた。
それと同時に健吾は外していたサングラスを再びかける。そしてフーッと息を吐くと交差点の赤信号で停まった。
車の前方では大勢の人達が横断歩道を行き交う気配がしている。
(ここってもしかして……)
理紗子はここが『cafe over the moon』の交差点だという事に気付いた。
理紗子はもしやと思い伏せたまま健吾に聞く。
「もしかして弘人がいるの?」
「ああいるよ。この前と同じコンビニの前だ。今身体を絶対に起こすなよ」
「わかったわ」
理紗子はそのままじっと身体を伏せていた。
漸く青信号に替わると健吾はアクセルを一気に踏み込み素早く交差点を後にした。
「もう大丈夫だ。間一髪だったな」
「ケンちゃんが気付かなかったら見つかっていたかも」
理紗子はゾッとしたような表情を浮かべている。
「だよな。マジでヤバかった」
「本当に見られなかった?」
「うん、大丈夫。あいつは歩行者ばかり見て車は全然チェックしていなかったよ」
「良かったぁー。でもなんで今更私に会おうとするんだろう?」
「俺もそれが不思議だよ。一体何の目的があるんだろう?」
「もう本当に勘弁してほしい! 弘人のせいで私の平穏な日常が壊れちゃうわ」
理紗子はもう我慢ならないといった苦しい表情を浮かべる。そんな理紗子の手を健吾がギュッと握った。
「大丈夫だ。俺が守ってやるから」
「………….」
「俺を信用しろ」
「うん、ありがとう。でも研修の講師の件はどうしたらいい? 私が会社に行ったら絶対会いに来るよね」
「そうなんだよなー。うーんしばらく時間をくれ。研修までにいい方法がないか考えてみるから」
「うん。ごめんね、色々巻き込んじゃって」
「気にするな。理紗子はなんにも悪い事はしていないんだから堂々としていればいいんだ」
健吾はそう励ますと理紗子の頭をポンポンと撫でた。
それから二人の乗った車はアクアラインを通って千葉へ向かった。
平日の車の流れは都心に向かう車線は混んでいたが千葉へ向かう車線は空いていてとても快適なドライブが楽しめた。
途中二人は海ほたるへ寄り理紗子のリクエストでジェラートを食べる。
「これから夕食なのに先にデザートを食べてどーするんだ」
健吾は文句を言いながらも美味しそうに食べている。
休憩を終えると車は再びアクアラインを進み始めた。
その後千葉へ上陸すると健吾は車を右折させ一般道を進み始めた。
「どこへ行くの?」
「俺の行きつけの店。少し早いけれど海沿いの海鮮食堂で美味いもん食うぞ!」
「やったー」
潮の香りを嗅いでいると不思議と食欲が湧いてくるから不思議だ。
理紗子はもうお腹がペコペコだった。
そして二人の乗った車は富津方面へ向かって走り続けた。
コメント
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俺が守ってやるから、俺を信用しろ キャ─(*ᵒ̴̶̷͈᷄ᗨᵒ̴̶̷͈᷅)─♡そんな事健吾に言われたら悶絶失神〜!!!!! でももう一言…健吾ぉ〜🥺その後に 理紗子は俺の大事な彼女で、奥さんになる人だからな みたいなの言って欲しいな。まだ言ってないでしょ… 今は気分を入れ替えて海鮮料理食べよう〜😋 アイツの事なんて今は忘れて
健吾と10日ぶりのドライブ🛣️デート❤️そして食いしん坊の理沙ちゃんは今日も夕飯前にジェラードで、ルンルン気分🎶 だけど、カフェの前に弘人が待ち伏せしてたり、ウーマンズレクチャー研修の講師の話も弘人が社内にいる恐怖もあったり破茶滅茶だよね😩💦 健吾が理沙ちゃんの横にいても別の意味で破茶滅茶になるし、やっぱりここは担当の磯山さんにガードしてもらうのが一番の安心策かな😮💨⁉️ 本当にヒロトはもう引っ込んで‼️