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大雨の夜、停留所の屋根に水滴が連続して打ちつける。
そこに立つのは、やや痩せた青年。
濃いグレーのレインコートの下にパーカー、膝まで濡れたジーンズ。髪は雨に張りつき、目元は少し赤く充血している。肩にかけたショルダーバッグの布は色あせていた。名前は片瀬悠斗(かたせ ゆうと)、二十四歳。
スマホが震え、見知らぬ番号から短い一文が届く。
《運賃は払うな》
意味不明な警告を気にする間もなく、雨を避けるように来たバスへ乗り込む。
車内は妙に静かで、運転手は濡れたレインキャップを深くかぶり、顔が見えない。
次の停留所で乗ってきた客が料金箱に小銭を入れると、その人は座席でうなだれ、すぐに動かなくなった。
次の客も同じように——コインを落とす音と同時に、深い眠りに沈む。
やがて悠斗の番が来る。運転手がわずかに顔を上げた瞬間、帽子の下の顔は闇のように空洞だった。
悠斗は息を呑み、何も入れずに料金箱を通り過ぎる。
その直後、バスの窓から見える景色は、街ではなく見知らぬ暗い水面に変わっていた。
波の音だけが、終点まで途切れず響き続けた。