午後5時、駅前の美容室。ガラス越しに夕陽が差し、室内は暖色の光に満ちている。
鏡台の前に座るのは、丸顔で色白の女性。
淡いラベンダー色のカーディガンにブラウス、チェックのスカート。肩までの黒髪はカット前で毛先がばらつき、右耳に小さなパールのピアスが光っている。名前は三井佳奈(みつい かな)、三十一歳。
スマホがポケットで震えた。
《後ろを見せるな》
差出人不明のメッセージに戸惑い、眉をひそめる。
カットが終わり、美容師が手鏡を差し出す。「後ろの仕上がりをご確認ください」
佳奈は鏡越しに背後をのぞく——そこに、自分の首筋に重なるように、見知らぬ青白い手があった。
息を飲んで振り返るが、椅子の後ろには誰もいない。再び鏡を見ると、今度は手がゆっくり首を包み込み、指先が動くたび冷気が皮膚を這った。
美容師の顔は笑っているが、目は鏡の中だけで佳奈を見ていなかった。
気づけば、鏡の中の佳奈は椅子ごと暗闇に沈んでいた。
現実の椅子は、空席のままだった。
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