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ルナ・マグの時計は、もう日付が変わる手前を指していた。客はなく、店内には焙煎豆の匂いと、洗ったばかりのグラスの乾く音だけが残っている。
ベジラはカウンター席に座ったものの、背筋だけが妙に強情だった。泣いた跡を隠したいのか、視線を窓へ逃がしている。
ディアビレは少しだけ迷ってから、無言でカップを一つ置いた。深夜用に少し苦みをやわらげた一杯だ。
「砂糖は」
「今日は要らない」
返事が、やけに素直だった。
ベジラはカップを両手で包み、しばらく湯気を見ていた。それから、誰に聞かせるでもない声でこぼす。
「なんで私は、あんなに飾っても空っぽなんだろう」
ディアビレはすぐには答えなかった。慰める言葉は簡単だ。けれどこの従妹に必要なのは、甘い布ではなく、ほどけない結び目を見せることだと分かっていた。
「空っぽなのに、人のものを塗れば埋まると思ったからじゃない」
ベジラの肩がぴくりと動く。
「あなたは私の台詞も、立ち位置も、都合のいいところだけ持っていった。でも、誰かをちゃんと見て出した言葉じゃないと、残らない」
きつい言い方になった。それでもディアビレは視線をそらさない。
ベジラは笑おうとして失敗し、代わりに目の縁を赤くした。
「分かってる。分かってるのに、悔しいのよ」
「悔しいなら、自分の中身で勝ちなさい」
しばらく沈黙が落ちた。時計の針が一つ進む音が、やけに大きく聞こえる。
やがてベジラは、冷めかけたコーヒーを一口飲んだ。少し眉を寄せたあと、小さく息を吐く。
「……私も一回、やり直したい」
ディアビレは何も約束しなかった。ただ、空になった砂糖壺を新しいものへ取り替え、ベジラの前へそっと置いた。
今夜はまだ、そこまでで十分だった。