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翌月、紫野は伯母の和子に呼ばれた。


「伯母様、何か御用でしょうか?」


紫野が襖を開けて和室に入ると、伯母の和子がソファを指し示して言った。


「そこにお座りなさい」


これまで、客間のソファに座るよう指示されたことがなかった紫野は、大事な話があるのだろうと察した。


「失礼いたします」


和子は一人掛けのソファから身体を起こし、紫野にこう告げた。



「あなたのお嫁入り先が決まったわ」

「えっ?」

「もうあなたも20歳でしょう? そろそろ嫁に行くことを考えないと、行きそびれちゃうからねぇ」



和子はそう言って、意地悪な笑みを浮かべた。



「あ、あの……実は私、伯母さまにお伝えしようと思っていたんですけれど……」

「何? 改まって!」

「あの……私もそろそろ自活して、この家を出ようかと……だから結婚などは考えておりません」

「あらやだ、この子ったら! お嬢様育ちのあなたが、外の世界で一体どんな仕事をするっていうの?」

「そ、それは……これから探して……」

「馬鹿ね! 世の中はそんなに甘くないのよ! それに、もしお給金がもらえる仕事が見つかったとしても、住むところが借りられるほどたくさんもらえるわけないじゃない! そんなこともわからないの?」



和子は呆れた表情を浮かべ、高らかな笑い声を上げた。

そして、こう続ける。



「とにかく、あなたがこの家にいると邪魔なのよ。蘭子の結婚にも差し支えるしねぇ。だから、私が最高のお相手を見つけてあげたわ。とても裕福なお方だから、一生お金には困らないし、感謝してもらわないとねぇ」

「…………その、お相手って?」

「両替商を営んでいる、高倉(たかくら)様よ」

「え?」



紫野は耳を疑った。両替商を営む高倉のことは、彼女もよく知っていた。彼は何度かこの家を訪れており、紫野はお茶出しの際に顔を合わせていた。

しかし、彼は50歳を超えているはずだ。紫野の亡き父の年齢と同じくらい、いやそれ以上だ。

紫野は他にも、彼に関する悪い噂をいくつか耳にしている。

彼は女遊びが激しく、それが原因で何度も離婚をくり返していた。

表向きは両替商を営んでいることになっているが、実際は高利貸しを本業にし、紫野が通っていた女学校の同級生の家を潰した張本人でもあった。



「高倉様がぜひにと仰ってね。あなたが彼の妻になれば、うちの工場にも資金援助をしてくださると言っているの。紫野! これはただの結婚ではないのよ! あなたのお父様が大事にしていた工場を守るためでもあるの! だから、嫌だなんてことは許しませんよ!」

「…………」



紫野は何も言えず、黙り込んでしまった。



最近、工場の様子が以前とは違うことに、紫野は薄々気付いていた。

父がいた頃は健全に経営されていたはずなのに、伯父夫婦が仕切るようになってからは、さまざまなトラブルに見舞われている。

資金繰りに関しては、紫野は一切関与していないので実情はわからない。しかし、長年勤めていた従業員たちが次々に解雇されたり、自ら辞めていったりしている状況を彼女は知っていた。



(私が我慢すれば、お父様の工場や従業員たちを守れるの?)



そう思いながら、紫野は膝の上でギュッと両手を握り締めると、和子に向かって言った。



「わかりました。伯母さまの仰る通りにします。私が高倉様と結婚すれば、工場は大丈夫なのですね?」

「そうよ。よかったわ、話が通じて! じゃあ、さっそく高倉様にはお返事しておくわね」

「よろしくお願いいたします」



紫野はそう言って頭を下げると、部屋を後にした。



沈痛な面持ちで廊下を歩いていると、蘭子が向こうからやって来た。

かなりご機嫌な様子だ。



「紫野! 結婚が決まったんですってね!」

「はい……」

「よかったじゃない! 高倉様は裕福でいらっしゃるから、一生お金に困ることはないもの。ただ、茹でガエルみたいに太ったお年寄りだけど……」



蘭子は思わず眉をひそめ、哀れむような目で紫野を見つめた。



「失礼します」



今日ばかりは蘭子の嫌味には付き合う気力もなく、紫野は慌てて台所へ向かった。

土間へ降りると、割烹着姿の千代が紫野に近付き、心配そうに尋ねた。



「奥様からのお話は何だったのですか?」



その真剣な眼差しに、紫野は嘘をついても仕方ないと思い、ありのままを伝えた。



「まあ! なんてことを! そんなこと、亡き旦那様が生きていたら、お許しになるわけがありませんっ! 千代が、一言物申してまいりますっ!!!」



怒りを露わにした千代が奥座敷へ向かおうとしたので、紫野は慌てて止めた。



「そんなことをしてごらんなさい! 千代までここにいられなくなってしまうわ! だからお願い、こらえてちょうだい」

「でも、でも……千代はそんなところへ紫野様を嫁がせるために、長い間お仕えしたわけではありません」



涙もろい千代は、そう言って涙をぽろぽろと流し始めた。



「大丈夫よ、千代。相手の歳が離れているってことは、最初だけ我慢をすれば、あとは自由になれるのよ。だから、大丈夫! 私はその時までじっと耐える覚悟はあるわ」

「そんなっ……紫野様……あんまりです」

「大丈夫だから、泣かないで千代……。千代も、私が嫁げばやっとゆっくりできるわ。今回のお話は前向きに捉えましょう」

「そんな……婆のことなどどうでもいいんです……私は紫野様のお幸せだけが楽しみでしたのに……ううっ……」

「泣かないで千代! さあ、お夕飯の支度の続きを始めましょう」



紫野はそう言うと、何事もなかったかのように割烹着を着け、台所に立った。

【大正浪漫】茜さすあの丘で ~幼き日の憧れは、時を経て真の慈しみへと変わる~

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コメント

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ユーザー

ホントに可哀想な紫野ちゃん😢😢😢 亡き父とは違い、全く商才のない伯父家族のせいで、自立の夢も閉ざされ、とんだ親父と結婚させられるなんて、なんて理不尽な😭 でも、そんな心が優しく、心が綺麗な紫野ちゃんのことを、どこかで、きっと見つけてくれる方がいるよー😌💓 辛抱強く、待っててね😉

ユーザー

茹でガエルのどーしようもないジジイに紫野ちゃんを…💢お父さんが守ってきた会社と従業員のために、腹黒伯父一家の思うままになるなんてツラいよう😢 頼むから初めてが茹でガエル、はやめてほしい…(短冊に願っちゃう)

ユーザー

ほんまに会社の再建の事考えてんの?狡賢い和子さん.結局お金欲しさに紫野ちゃんを差し出そうとしてるよね?そこまで紫野ちゃん自己犠牲払わなくて良いよ。そんな事して喜ぶのは伯父一家だけだよ.早く家から出て行こう

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