それから数日後、優羽はいつものように宿泊客のチェックアウトを済ませた後、今日の宿泊客のリストを見ていた。
そこへ舞子が入って来た。久しぶりに出勤した舞子は少し痩せたような気がした。
そんな舞子の傍へ優羽はすぐに駆け寄った。
「舞子さん! もう出勤しても大丈夫なのですか? お母様の件、突然の事で…心からお悔やみ申し上げます。告別式には行け
なくてごめんなさい」
「優羽ちゃんありがとう。ううん、山荘のお仕事があったのだから気にしないで。オーナー夫妻が来てくれただけでもありがた
かったわ。それに優羽ちゃんのお兄様にはすごく良くしてもらって…人手が足りないと知ると受付までやって下さったのよ。本
当に助かりました。お兄様にはくれぐれもよろしくお伝え下さい」
優羽は兄の裕樹が式の受付を手伝ったと聞いて驚いていた。
「兄が受付を? そうだったんですね。でも、お役に立てたようで良かったです」
優羽はそう言うと舞子と話を続けた。
舞子の話によると、舞子の母は急に倒れて救急車で病院に運び込まれてから十二時間後に息を引き取ったらしい。あまりにもあ
っけなく逝ってしまったので舞子はまだ実感が湧かないと言っていた。そして母親の死後、バタバタとずっと忙しくしていたの
で、悲しむ余裕もなかったと言った。
そこまで話し終えてから、突然舞子の頬に涙が伝った。全てが終わりいつもの日常に戻った途端ホッとしたのだろう。舞子はそ
のまま泣き始める。
優羽はそんな舞子を抱き締めると背中をトントンと優しく叩いた。
舞子は細く華奢な肩を震わせながら、しばらくの間嗚咽を漏らして泣き続けた。
その日から舞子は山荘の仕事に復帰した。優羽ちゃんに会ったらホッとしてつい涙が出ちゃったわと舞子は笑う。でも思い切り
泣いたらなんだか心がすっきりしたとも言った。
その後はすっかりいつもの舞子に戻り、笑顔や冗談を交えながら皆と楽しそうに働いていた。そんな笑顔の舞子を見た優羽は、
少しホッとしていた。
山荘の仕事が終わり、優羽は流星を寝かしつけた後『peak hunt5』の仕事の続きを始める。
大体の概要は完成していた。優羽がこのブランドを通じてまず表現したい事は、ブランドの誠実性、そして品質の高さだ。
長く愛用出来るとっておきのアウトドアウェア。厳しい大自然の中においても、身を守ってくれる高性能の品質。信頼性。
そして次もまたこのブランドを買いたいと思わせるようリピーターの定着性を大事にした。
そして次に優羽が考え始めたのはコーディネートについてだった。
『peak hunt5』の弱点は、高品質であるため価格がそれなりに高い。今まではアウトドアのプロや、比較的年齢の高い人達に
愛用されて来た歴史があるが、これからは若い人達にも目を留めてもらいたい。
それには、街着としての着こなしの提案もするべきだと優羽は思っている。
『peak hunt5』のデザインは元々シンプルなので、コーディネート次第ではオシャレな街着として充分活用できる。
優羽は若い男女を対象にしたおしゃれなコーディネートをいくつか考えてみた。若い人達が今家にある手持ちのアイテムを加え
るだけで簡単にオシャレを楽しめるようなコーディネートをいくつか考えてみる。
ワンポイントで添えた色鮮やかな帽子やマフラー、カラフルなソックスやリュック、自転車やスケボー等、若者が普段使用して
いる小物を使い、アウトドア以外での着こなしをイラストに起こしてみた。それは、今までにない『peak hunt5』の新たな一
面を表すような斬新なイメージに仕上がった。
満足のいくコーディネートが仕上がったので、優羽はそれを更に丁寧にイラストに起こしていった。そこで使用するアイテムは
別紙に写真で添付しわかり易く表示する。大体の概要が出来たところで満足気にそれらを眺めた。
その後コーヒーを入れて一休みしながらネットの経済ニュースに目を通した。
するとそこには、西村が立ち上げた新ブランドについての続報が載っていた。
新しいブランド名は『mountain top7』という名前だった。
優羽はブランド名もウェアの雰囲気もなんとなく岳大のブランド『peak hunt5』を意識して真似ているように思えた。
この情報を岳大に伝えた方がいいのだろうか? そう優羽が悩んでいると、突然携帯にメッセージが届いた。
メッセージは岳大からだった。
【仕事の方は順調ですか? 何か相談等があったらいつでも連絡下さい】
メッセージにはそう書いてあった。それを見た優羽はすぐに返信した。
【一つ報告なのですが、私が以前勤めていた大手アパレル会社が『peak hunt5』にそっくりのブランドを立ち上げるみたいで
す。名前は『mountain top7』です。ちょっと気になったので】
優羽がそう返信すると、少し間を置いてから返事が来た。
【連絡ありがとう。今ネットで見てみました。確かにウェアのデザインもコンセプトもそっくりだね。まあでも、あまり気にす
ることもないでしょう。僕達は自分達が納得のいく誠実な製品を作るだけです。そうすれば自ずと顧客はついて来ますから】
岳大の返事を読んで優羽はハッとした。そうだ、私達は別に勝ち負けに拘っているわけではない。
本当に良い物を、自分達の納得出来る物を作りたいだけなのだ。今回のリニューアルはそれが目的だったはずだ。
優羽はいつの間にか売り上げ重視の目線になっていた自分に気づき反省した。
そして岳大にこう返信する。
「すみません。ちょっと焦っていました。そうですね、私達は自分達が納得出来る良い物を作る…ただひたすらそれに集中すれ
ばいいんですよね。すみませんでした」
優羽がそう返信すると、すぐに携帯の着信音が鳴った。
電話は岳大からだった。
コメント
3件
やっぱり優羽ちゃんは温かい人だった。それを…西村は… そんなこと考えちゃいけない!岳大さんに怒られちゃう🤭 優羽ちゃん合格点いただけるといいね😊
そして舞子ちゃんもこの度はご愁傷様でした😭 でも辛いことばかりじゃ無いよ、山荘の皆さんも優羽ちゃんのお兄さんも良くしてくれたし、周りの方に感謝して自分に出来ることをして前に進もう❣️ きっとお母さんも🌌の上から見守ってくれてますよ✨✨
ライバル視してる西村が後釜ブランドを立ち上げたって聞いたらそりゃ勝ちに行きたくなるよね😠 でも優羽ちゃんが起こしたイラストを岳大さんが見たらきっと岳大さんの信念がそこから垣間見えてくると思うわ❣️ 優羽ちゃんも焦らず岳大さんと話して心穏やかにね💞