テラーノベル
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取引をする……?
不吉な予感しかない。
露骨な警戒心が滲み、眉間の皺がますます深くなる。
「……その封筒には、何が入ってるの?」
「亜紀先生にとって助け船になる、秘密のプレゼントです」
「助け船になるプレゼント?」
……これが?
「はい。苦労して手に入れた、とっておきのプレゼントです。……ただし、受け取っていただくには条件があります」
封筒を訝しく見る私の耳に、笑みを帯びた声が流れ込んだ。
「条件……?」
息を呑み、彼女に向けた顔を強張らせる。
「これを、遼一さんと離婚するための切り札として、上手に使ってください。それが条件です」
「離婚するための切り札!? な、何を――」
「亜紀先生は遼一さんから逃げ出したい。……違いますか?」
彼女は動揺する私の言葉を叩き落とし、まるで確信を得たような口振りで私の目を真っ直ぐに見る。
自信に満ちた彼女の姿に愕然とした。
「それは……」
総毛立ち言葉を失う。
ぬかるみに踏み入れた足を掴まれ、体ごと泥沼に引きずり込まれるような感覚に襲われる。
「マンションにお邪魔した時は、メイクのせいなのか私は気づかなかったけど……誰に付けられたんですか? 顔の青アザ」
「えっ……」
不意を突かれ、既に消えていると知っているのに、思わず口元に指を当てた。
「へぇー、口元を殴られちゃったんだ。愛する奥さんに酷いことをしますね。……ああ、自分の子供の写真を踏みつけるようなサディストだから、言うことを聞かない奥さんにそれくらいしてもおかしくないかぁ」
「……あなたは、何が言いたいの。何がしたいのよ。私を愚弄するための、くだらないお喋りはやめて。本題に戻りなさい!」
嘲笑う女にぴしゃりと言い、平常心を保とうと歯を食いしばる。
「だから、言ってるじゃないですか。先生が遼一さんと離婚すると約束してくれるなら、その切り札を差し上げます。……もう愛情がないんでしょう? でしたらどうぞ、堂々とそれを受け取ってくださいな」
楓はそう言って、喉をククッと鳴らした。
「……中身は何なのよ」
「しつこいですね。だから言えません。手に取って、自分の目で確かめたらいかがですか?」
「……」
管野アリオ
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瑠璃マリコ
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#大人ロマンス
桃下結衣
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「開いたら白紙……なんてことはありませんから、ご安心ください。私、仕事は辞めましたが、そんな冗談で遊んでるほど暇じゃないんで」
彼女の耳障りな言葉が心を掻き乱す。
私の味方になって、離婚するための切り札ってことは、遼にとっての弱みってこと?
他に女がいるとか、……まさか、お金?
一瞬にして身体が凍りつく。
まさか、この娘があの情報を?
――いや、ドクター内でも禁句とされる秘密を、一介の看護師が知り得るはずがない。
あの遼が身体だけの愛人に秘密をばらすとも思えないし、もし話していたとしたら、この娘を虫けら同然に扱うはずがない。
「……あなたも頑固な人ですね。こうして迷ってる時点で、離婚の意思があることを認めているのも同然なのに。目は口ほどに物を言う。……痩せ我慢がバレバレですよ?」
「ちょっと黙ってて!」
「はぁ……分かりました。じゃあ、このお話はなかったということで。悔しいですけど、あの人はあなたを手放す気はないようですから……前途多難ですね。何度もアザを作りながら、せいぜい頑張ってください」
深いため息とともにそう言って、彼女は封筒に指を置き、自分の方へと引き戻す。
ドクドクと心臓がうるさく音を鳴らす。
待って……
そこには何が入っているの?
苦労して手に入れた秘密って何なの!?
待って……
「――待って!」
焦燥感に押された私はそう叫び、彼女の胸元まで戻った封筒を前のめりになって掴んだ。
「最初から素直になればいいのに。……交渉成立ですね。利害一致で私と先生は良きパートナーになりました。どうぞ中身を確認してください。これを利用して、遼一さんときっぱり別れてくださいね」
満面の笑みを浮かべる楓はそう言って、掴み合う封筒から手を引いた。
無意識に震える指で封筒を破り、中に入っている一枚の紙を取り出す。
ゴクリと生唾を飲み、三つ折りにされた紙を広げる。すると、目に飛び込んできたのは横書きで縦に並んだ数名の名前と、その横に書かれた数字。
この名前……どれもどこかで……
眉根を寄せて目を凝らす。
えっ……
「長谷川秀一郎!? まさか、これ……」
直江先生が言ってた、遼の陰謀の――
証拠?
下から二番目に書かれた名前に視線を運んだ瞬間、愕然として言葉を詰まらせた。
長谷川秀一郎――3,000,000.
工藤康介――1,000,000、――1,500,000、……
一つ一つは「心づけ」として言い訳できる範囲内の金額であっても、総金額はざっと見て優に二千万を超えている。
「長谷川秀一郎。その患者に亜紀先生は関わっていないはずですが……ご存知です?」
「……遼に頼まれ、麗香が心カテをした患者よ」
【金づる】が羅列されたリストに視線を這わせ、湧き起こる恐怖感で声を震わせる。
「自分が関わってもいない患者の名前を覚えているなんて……その患者が実はとんでもないVIP患者だってこと、知ってたんですか?」
「……ええ、次回知事選挙の本命馬」
「何だぁ、知ってたんだぁ。先生もなかなかの情報通ですね」
楓が口角を引き上げた時、知らぬ間に近寄っていたウェイターが声を掛け、テーブルにピザを置いた。
「わぁ、美味しそう! 生ハムとルッコラのピザ、先生も好きでしたよね? チーズがトロトロのうちに食べましょうよ」
「……私はいらない」
飄々とした彼女を上目遣いで見て、眉をひそめる。
「そう。では、私は遠慮なくいただきます」
難しい顔をする私を軽くいなすように言って、彼女は取り皿にピザを一切れ載せ、それに食らいつく。
「……あなたが、どうしてこれを?」
「――ん?」
「どうして、あなたがこんな紙を持ってるの?」
彼女がピザを一切れ食べ終えた直後、両手でリストの端を掴みながら低い声を落とした。
「どうして持ってるの? ……その質問の前に『この紙には何が書かれているの?』『何の数字なの?』って、普通はそう入ってくると思いますけど?」
楓はピザを掴んでいた指をおしぼりで拭き、首を傾けて私の顔をまじまじと見る。
相変わらず抜かりのない指摘。
「……」
墓穴を掘ったことに気づいても既に遅く、大きな衝撃が平常心を乱しているのが自分でも分かる。
「ああ……なるほど。その紙に書かれていることの意味をご存知なんですね?」
沈黙を置いた彼女は自信ありげに言って、私を見つめるその顔に薄ら笑いを浮かべた。
気味の悪い感情が、波打つ血流とともに全身を巡る。
コメント
1件
うわ、今回めっちゃ緊迫してましたね…!封筒の中身がまさかあのリストだったとは。楓、ただの差出人不思議じゃなかったんだなあ。亜紀先生が「その紙に書かれてる意味をご存知なんですね?」って詰められるところ、ゾクッとしました。二人の駆け引きがしっかり地に足ついてて、読んでて手に汗握りました。続きがすごく気になる…!