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#王子
すっこ
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#主人公最強
杯雪乃
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私の娘は死んだ。
だから、あの子を連れて帰った。
あの子を澪として育てる。
母の字だった。
何度読み返しても、
意味は変わらない。
水城千佳が産んだ女の子は、
二十九年前の五月十七日、
午後十一時四十分に死亡している。
なのに私は、
水城澪として、
二十九年間生きてきた。
「じゃあ私は誰なの」
誰に訊いたのか、
自分でも分からなかった。
真壁刑事は答えない。
父も、
俯いたままだった。
「父さん」
「……」
「知ってた?」
ようやく父が顔を上げる。
「疑っていた」
「いつから」
「二十年前」
私は九歳。
早川由紀子が母と絶縁した頃だ。
「どうして?」
「千佳と喧嘩した」
「何で」
父は迷った。
「お前の血液型だ」
私は自分の血液型を知っている。
A型。
「母は?」
「B型」
「父さんは?」
「O型」
それだけなら、
私がA型でもおかしくない。
「何が問題なの」
「血液型だけじゃない」
父は言った。
「千佳が、お前の検査結果を隠した」
「何の?」
「DNA鑑定」
息が止まった。
「私が九歳のとき?」
「ああ」
「勝手に?」
「俺が頼んだ」
私は父を見る。
「何でそんなことしたの」
「ひかりを見たからだ」
二十年前。
母が早川由紀子の家へ、
九歳くらいの少女を連れてきた。
由紀子は、
恵美にそっくりだったと言った。
父も、
同じ頃に何かを知った。
「ひかりさんと私を比べた?」
「違う」
「じゃあ」
「お前と千佳だ」
私は何も言えなかった。
「結果は?」
分かっている。
それでも訊いた。
父は答えなかった。
「結果を言って」
「母子関係は認められなかった」
部屋の音が消えた。
私は、
母の実の娘ではない。
紙の上の疑惑ではない。
二十年前に、
一度確認されていた。
「母も結果を見た?」
「ああ」
「何て言ったの」
父の口元が歪む。
「『知ってる』って」
涙も出なかった。
驚きより、
納得の方が大きかった。
母は知っていた。
私が自分の産んだ娘ではないと。
それでも、
二十九年間、
私を娘として育てた。
いや。
違う。
誰かの娘を、水城澪にして育てた。
「そのDNA鑑定、残ってる?」
「千佳が燃やした」
「コピーは?」
「ない」
「じゃあ証拠にならない」
自分でも、
何に抵抗しているのか分からなかった。
父が静かに言った。
「ある」
私は顔を上げる。
「何が」
「千佳は一部だけ残してた」
父が母の机へ向かった。
一番下の引き出しを抜く。
奥に手を入れる。
小さな封筒が出てきた。
「どうして場所を知ってるの」
「十二年前、千佳に見せられた」
封筒の表。
母の字。
澪について。
真壁が手袋をつけて開ける。
中には、
古い検査報告書。
二十年前の日付。
被検者A。
水城千佳。
被検者B。
水城澪。
結論。
私はその一行を見る。
生物学的母子関係を否定する。
「本当なんだ……」
声が勝手に出た。
私は母の娘ではない。
少なくとも、
血の上では。
真壁が言った。
「ただし二十年前の民間検査です。現在の基準で正式に確認するなら、改めて鑑定が必要です」
「母は火葬してます」
「保存されている医療試料があれば可能性はあります」
岸本総合病院。
また、
あそこに母の試料が残っているかもしれない。
でも、
今はどうでもよかった。
「父さん」
私は訊いた。
「私は父さんの娘なの?」
父が黙った。
その沈黙が、
怖かった。
「鑑定した?」
「してない」
「どうして」
「千佳に止められた」
「また母?」
「ああ」
「何て?」
父は私を見る。
「『そこまで調べたら澪を失う』」
私は笑った。
「もう十分失ってるよ」
母も。
父も。
自分が誰なのかも。
「父さんは、私が自分の子だと思ってる?」
長い沈黙。
「思ってる」
「根拠は?」
「ない」
「じゃあ願望じゃない」
父は何も言わなかった。
私は検査報告書へ視線を落とす。
紙の下部に、
手書きのメモがあった。
母の字ではない。
千佳へ。
これで分かったでしょう。
澪ちゃんは、あなたの子ではない。
その下。
だから返して。
私は息を止めた。
「返して?」
誰に?
誰へ?
署名はなかった。
でも父は、
その字を見た瞬間に顔色を変えた。
「知ってる字?」
「……ああ」
「誰」
父は答えなかった。
「父さん!」
「由紀子だ」
早川由紀子。
母の親友。
四人目の死亡通知を受け取った女。
「由紀子さんが、私を返せって?」
「そう読める」
「誰に返すの」
「分からない」
私は報告書を裏返した。
もう一枚、
紙が貼りついていた。
古いコピー。
私の出生に関する書類。
上の部分は切れている。
氏名。
水城澪。
生年月日。
五月十七日。
父。
水城雅彦。
母。
水城千佳。
一見、
普通だった。
でも、
一番下。
届出人の署名欄。
母の名前ではない。
水城雅彦
でもない。
そこだけ、
黒く塗り潰されている。
「誰が消したの」
真壁が光に透かす。
「下に筆圧が残っています」
鉛筆を寝かせ、
薄く紙の上をなぞる。
文字の形が浮かんでくる。
最初の一文字。
早
私は真壁を見る。
父は、
もう分かっていた。
「早川……?」
真壁がさらに浮かび上がらせる。
早川由紀子。
私は動けなくなった。
私を産んだのは、
水城千佳ではない。
それだけでも十分だった。
なのに、
私を水城千佳の娘として届け出た書類には、
四人目――
母の親友、
早川由紀子の名前が残っていた。
私は父を見る。
「どうして由紀子さんが、私の出生届を書いたの?」
父は答えなかった。
その代わり、
私の背後から声がした。
「私が頼まれたからよ」
振り返る。
玄関。
病院にいるはずの早川由紀子が、
立っていた。
顔色は悪い。
腕には点滴を抜いた跡。
「誰に?」
私は訊いた。
由紀子は、
私ではなく、
仏壇の母の写真を見た。
そして言った。
「千佳じゃない」
「じゃあ誰」
由紀子の視線が、
ゆっくり私へ戻る。
「あなたを産んだ人よ」
コメント
1件
ああ、ようやく核心が…。ここまで丁寧に張られた伏線が一気に回収される感じ、すごく気持ちいいです。特に「届出人の署名・早川由紀子」の浮かび上がり方は、古書の筆圧を読むようなゾクゾク感がありました。そして母が「知ってる」と言った意味、由紀子の「あなたを産んだ人よ」のラスト…。この一文で、物語の地層がもう一枚剥がれた気がします。続きが待ちきれない。