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#貴種漂流譚
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姉が寝入るのを見計らい、こっそり、ダインは家を抜け出した。
注意深く周囲の様子を伺いながら、雪の降り積もった街道を辿って森へと向う。
骨の髄まで凍えさせるような森の夜道を半刻ほど歩き、ポッカリ、歯が抜けたかのように視界の開けた、荒れ果てた土地にたどりつく。
その頃には、雪雲はすでに空から消え去り、かわりに鎌のような三日月が輝いていた。
淡い月光に照らし出され、雪上に長い影を落としているのは、死者のように乾いた表皮を持つ巨木。
雪の積もった土の中から、赤黒い根がはみ出している。
うねうねと大蛇のように絡み合う枝には葉は一枚もない。
太い幹には、まるで人面をかたどるように黒々とした洞が穿たれていた。
ダインは巨木に駆け寄り、その不気味な洞に躊躇うことなく手を突っ込む。
しばらくの間、ダインの手は虚空の中をさまよったが――、やがて、固く冷たいものがその指先に触れる。
「よ、よかったぁ。ちゃんと、ある。盗まれてない……」
思わず、安堵の笑みがこぼれた。
一度、大きく深呼吸をし、洞の中のそれを、傷つけぬよう、ゆっくりと取り出す。
それは目も眩むような、金色の輝きを放つ頭蓋骨だった。
しかし、よく見れば、それが作り物だと分かる。面頬として用いられているのは、人間の髑髏を模した仮面。前立てには鋭い鋲の付いた王冠のような飾りが施され、それには血のように赤い宝石が数個、埋め込まれていた。
それは不気味にも壮麗な、異形の兜だった。
ダインはそのうちの一つ、一番小粒な宝石をナイフで抉り取り、街の質屋に売り飛ばしていた。
「早く、こいつの買い手を見つけなきゃ」
巨木の音の上に腰をおろしながら、ダインは溜め息をつく。彼の手の中で、黄金の兜は月光を反射し、粘りつくような輝きを放っていた。
「あいつ――、ヴァロフェスみたいな変なやつにウロチョロされちゃ、オチオチ、夜も眠れないもんなぁ……」
ダインが、この『宝物』を手に入れたのは、ほんの数日前のこと。
姉と自分の食い扶持を稼ぐため、近くの街に出稼ぎに行った帰り道だった。
もっとも、ダインのような子どもに任せてもらえる仕事など殆どなかった。時折、使い走り程度の仕事をくれる人はいても、その報酬は微々たるもので、とてもではないが冬の備えには足らなかった。
その日も夜明けから日暮れまで、街の中を散々、走り回った。
しかし、得られたのは、やはり、雀の涙ほどの日銭。
ヘトヘトに疲れた体を引きずり、森を歩きながら、ダインは家で僅かに生き残った鶏達の世話をしながら自分の帰りを待っている、姉のことを思った。
無性に胸が痛み、泣きたくなんかないのに涙があふれて、止まらなかった。
姉ちゃんを守るって、死んだ父ちゃんと母ちゃんに誓ったのに。
俺みたいなチビ、誰も相手にしてくれない。
お前の姉ちゃんが一晩相手してくれるなら銀貨一枚でもくれてやるぞ、と嘲笑った、酒場の男達の吐き気を催すような赤ら顔……。やつらに向かって飛びかかって行きたい衝動を抑えるのにダインは一苦労だった。もっとも、そうしたところで怪我を負うのはダインのほうだったろうが。
鬱々とした無力感が重力となって、ダインの小さな身体と心を押し潰そうとしていた。
「……えっ? 誰?」
ふと、誰かに名前を呼ばれたような気がして、ダインは顔をあげた。
その視線の先には不気味に聳え立つ古い建造物の姿があった。夕闇に浮かび上がったそれは、石を組上げて造られた古い砦。
屋根が半分ほど崩れ落ちたそれは、ダインやメルディが生まれるずっと昔、戦で捕虜の処刑場として使われたもので、今では幽霊が出没すると言う噂の砦だ。
そんな血生臭い場所に行き着いてしまったことに恐怖を感じなかったわけではない。しかし、気がつくと不可視の糸に手繰り寄せられるようにして、ダインはその砦に足を踏み入れていた。
当然のように、砦は荒れ果てていた。
風化し、今にも崩れ落ちてきそうな石の壁。抉り取られ、湿った土塊が剥き出しになった床。
そして――、ダインが黄金色に輝く兜を見つけたのは、打ち捨てられ、蜘蛛の巣と埃に塗れた、多種多様な拷問器具が転がる、地下の一室だった。
幼い頃、両親が寝物語に聞かせてくれたお伽噺を思い出し、ダインは興奮した。
お伽噺の主人公は、大抵の場合、素晴らしい、『宝物』を発見する。主人公自身とその大切な人が一生、幸せな暮らしを送れるほどの。誰かに『宝物』を横取りされて、その幸せをふいにはしたくなかった。
ダインは、髑髏の兜をしばらくの間、巨木の中に隠すことにした。