テラーノベル
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翌日、啓介と芽生と莉々夏は、港から少し離れた古い住宅地へ向かった。遙香が戸籍ではなく近所の聞き込みで辿った住所は、坂の途中の、塀に潮風の跡が残る小さな家だった。
「団子、持ってきた」
莉々夏が袋を掲げる。
「初手が強い」
啓介が言う。
「人の家の戸を叩く時は、甘いものか季節の挨拶」
「営業の達人みたいなこと言う」
芽生は少しだけ笑ったが、その顔には緊張も混じっていた。
啓介が呼び鈴を押す。
しばらくして、戸の向こうに足音がした。
現れたのは、やはりあの日、寺の縁側で泣いて去った女性だった。近くで見ると、海花の絵にあった面影がたしかに残っている。
女性の視線が、啓介たちの顔を順に通り過ぎ、最後に莉々夏の袋へ落ちた。
「……何の用ですか」
啓介は頭を下げる。
「海鳴り寺のことで」
その瞬間、女性の顔が硬くなった。
「申し訳ないんですが」
芽生が急いで言葉を添える。
「無理に何か聞きたいわけじゃないんです。ただ、寺の離れが今も誰かに必要な場所だったんじゃないかって——」
「だったんじゃない、じゃなくて」
女性が低く遮る。
「今も、必要かもしれないから来たんです」
啓介が続ける。
女性は啓介を見た。
その目の揺れは、一瞬だけ、拒絶よりも先に懐かしさに近かった。
けれど次の瞬間には、戸にかけた手へ力が戻る。
「帰ってください」
莉々夏が一歩だけ前へ出る。
「団子だけでも」
「要りません」
声は強くないのに、閉じた扉みたいに固かった。
啓介はなおも言う。
「赤いリボンが見つかったんです」
女性の肩が、わずかに震えた。
だが、それだけだった。
「その寺の話は、二度としないでください」
戸が閉まる。
木の当たる音は強くなかったのに、三人とも、しばらくその場を動けなかった。
春の明るい坂道の真ん中で、そこだけ急に空気が冷えた気がした。
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#海辺の町