テラーノベル
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数時間後、紫野は、先日国雄とコーヒーを飲んだ喫茶店にいた。
そこで、紫野と美津と美代子はあんみつを、愛子はアイスクリームを食べていた。
「今日はいい買い物ができてよかったわねぇ」
「新作の生地が入荷していて、わくわくしたわ! お母様、私の分まで作ってくださりありがとう!」
「あなたは普段から加藤家でたくさん作ってもらっているから、もう必要ないかと思ったけれど、たまにはいいわよね」
「ええ。こうしてお母様とお買い物に行くと、お嫁に行く前のことを思い出しましたわ」
美代子は嬉しそうににこにこと微笑んでいた。
その時、紫野が静かに口を開いた。
「あの……使用人の私まで、こんなにたくさんのお洋服を買っていただいて、本当によろしかったのでしょうか? それも、洋服だけでなく、靴まで……」
恐縮している紫野に、美代子が笑顔で言った。
「紫野さん、遠慮しないでいいのよ。屋敷で働く若い方たちには洋装にしてもらおうって母が決めたんだから! それにね、最近よそのお屋敷でも、洋装のお手伝いさんが増えているみたい。だから、そのワンピースは制服代わりみたいなものよ。気にしないで受け取ったらいいのよ」
「でも……制服にしては、もったいないような素敵なお洋服ばかりで……」
「紫野さん、時代は移り変わっているんだし、若いあなたには洋装がよく似合うわ。それにね、着物よりも動きやすさが全然違うのよ。だから、帰ったらさっそく着替えて試してみてちょうだい。 あ、でもその前に、その髪型をどうにかした方がいいわね」
美津は、きっちり結い上げられた紫野の髪を見て言った。すると、美代子がこう提案した。
「お母様! 帰りに紫野さんを私の行きつけの美容院へお連れしますわ」
「それはいい案ね。髪型を今風に変えれば、洋装も自然に馴染むものね」
「髪型を……変えるんですか?」
「ふふっ、そうよ。洋装には洋装に合う髪型があるの。紫野さんは別嬪さんだから、きっと似合うわ!」
「そうね。それに髪型を変えると、いい気分転換にもなるわよ」
「でも……」
突然の提案に、紫野は少し戸惑っていた。
「お金のことは心配しないで。全部私が出しますから、安心して行ってらっしゃい」
「何から何まで……本当にありがとうございます」
紫野は深々と頭を下げながら、恐縮した様子で言葉を返した。
その時、二人の視線が紫野の髪に挿してあるかんざしに留まった。
「あら、素敵なかんざしね!」
「まあ、本当!」
「これは……昨夜、国雄様が東京土産でくださったものなんです。でも、あまりにも高価な物なので、今朝お返ししようとしたのですが、受け取っていただけなくて……」
紫野の話を聞き、美津と美代子は少し驚いた表情を浮かべながら、目を見合わせる。
それから、美津が言った。
「せっかく国雄があなたのために選んだものなんだから、遠慮せずに使っていいのよ。きっと新しい髪型にも似合うわ」
「そうよ、紫野さん! 両脇の髪を後ろに持ち上げて、そのかんざしで留めたら、きっと素敵になるわ!」
美代子も笑顔で言った。
その時、隣に座っていた愛子が、急に声を上げた。
「紫野ちゃんも、お姫様に変身するの?」
「そうよ。紫野さんは今はお着物だけど、次にお会いする時には、きっとお姫様のように素敵に変身しているわ!」
「わぁ! 愛子楽しみ!」
愛子の無邪気な言葉に、大人たちは思わずクスクスと笑った。
その後、喫茶店を出た紫野は、美代子行きつけの美容院へ連れて行ってもらい、新しい髪型にしてもらった。
屋敷に戻り、自室の鏡の前に立った紫野は、思わず息をのんだ。
朝はきっちりと結い上げられていた髪は肩まで下ろされ、頬にかかる髪はかんざしで後頭部に留められていた。その姿は、以前の彼女とはまるで別人のように見えた。
(髪型を変えるだけで、こんなに違うなんて……)
紫野は鏡越しに自分を見つめながら、驚きを隠せずにいた。
その後、美津が用意してくれた制服代わりのワンピースを、丁寧にハンガーにかける。
これからの季節にぴったりの暖かいコーデュロイ生地は、手入れがしやすく汚れても気軽に洗えるのが嬉しい。
開襟の襟元と袖口の折り返し部分には小花柄の宛て布が施され、とても可愛らしいデザインだ。
美津は、この素敵なワンピースを色違いで三着も揃えてくれた。
さらにもう一着、オーダーメードできちんとしたワンピースを作ってくれた。その特別なワンピースは、後日完成する予定だ。
紫野は、三着の中から一番地味な紺色のワンピースを手に取り着てみる。
鏡の前に立った瞬間、自分の変貌ぶりに驚き、思わず声を上げてしまった。
「まぁ! なんて素敵なの!」
嬉しさのあまり、紫野はくるっと回って背中の方を鏡に映し、後ろ姿も確認してみる。もちろん、後ろから見ても素敵だった。
(まさか、こんなに早く洋装のお洋服が着られるなんて……)
紫野はいつも蘭子の衣装を手入れしながら、ずっと洋装に憧れていた。
「自分もいつか着てみたい」と思い続けていたが、こんなにも早くその願いが叶うとは想像していなかった。
(こんなに素敵な服を揃えていただいたんだもの……きちんとお勤めしてご恩返しをしなくちゃ!)
気合を入れた紫野は、ワンピースの上に真っ白なエプロンを身に着け、台所へ向かった。
コメント
14件
紫野ちゃん素直で可愛い🩷洋装の紫野ちゃんを国雄様は目を見張って見惚れるのでしょうね でもやはり似合わないから何も言ってもらえないかとしょんぼりする紫野ちゃんに気付いて似合う❣️可愛いを連呼する国雄様 そんなやりとりを想像してしまいます
紫野ちゃんたら真面目さんなんだから✨ 国雄さんの喜ぶ顔と惚れ直し💘も楽しみだけど、村上家の皆さんの優しさにも嬉し涙🥲🌷
お義母さん達の気遣いに感動しちゃうね。 洋装姿で髪型も可愛いくなった紫野ちゃんに国雄さんが益々惚れちゃうよ(*´艸`)キャ うけた恩を返したい紫野ちゃんの心根の優しさ。 きっと素敵な奥さんになりそう💕💕