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その翌日。
窓の外は晴れているのに、朔の視線は曇っていた。教室の隅、黙って座る晴弥の姿が、どうしても気になる。
「またあいつかよ。無愛想で近寄りがたいし」
そう友人が言ったとき、朔は曖昧に笑うしかできなかった。
――たしかに無愛想だ。でも。
放課後、昇降口で靴を履き替えていると、昨日と同じ黒い傘が視界に入った。
「あ、今日は降らないっぽいけど」
朔が声をかけると、晴弥はわずかに瞬きをして、短く返す。
「……予報、変わったから」
語気はそっけない。
でもその手は、あの重そうな傘を丁寧に握っていた。
親指が柄をそっと押さえ、指先には力が入りすぎていない。
昨日、雨粒から朔を守ってくれたときと同じ、優しい握り方。
朔の胸が、かすかに疼く。
「……あのさ。昨日、その……ありがとな」
「別に」
晴弥は靴の踵をトン、と軽く床に打ちつける。
それだけの仕草なのに、どこか照れがにじんでいるように見えた。
歩き出す晴弥の後ろ姿。
靴の水跡を避けるように、朔の歩幅まで合わせてくれる。
――なんで。
どうして、俺なんかに。
聞きたくて、聞けない。
黒い傘の先端が、窓から差す光を細く反射した。
晴弥の指が、そこに触れた雨の記憶を確かめるように、そっとなぞる。
無愛想な横顔。
なのに、どうしようもなく優しい。
朔は気づいてしまった。
――たぶん、もう気になるだけじゃ済まなくなる。
傘の影が、静かに揺れる。