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「……助けて、なんて、思ってない」
喉から漏れた声は、もはや誰に向けた言葉でもなかった。
蓮司の瞳はその瞬間、ふ、と笑ったように見えた。
(思った。俺は……思った。けど、それを言ったら、もう)
“日下部”が、壊れる。
“優しさ”が、壊れる。
“俺の中の何か”が、完全に、終わってしまう。
だから、遥は口を閉ざした。
代わりに、シャツの裾に指をかけた。
わずかに震える手で、ボタンをひとつ、またひとつと外していく。
蓮司は動かない。
ただ、見ている。
玩具が自壊していく過程を、目を細めて見守るように。
「罰、だから」
自分でそう呟くと、急に涙がこみ上げてきた。
でも泣いてはいけないと思った。泣いたら、それこそ“哀れ”になる。
「……罰だから、これで……」
震える膝を押さえつけるように床につき、身体を差し出す。
蓮司が、片手で遥の頬をなぞった。
それはどこまでも優しくて、だからこそ残酷だった。
「ねえ、遥」
囁くような声が、耳の奥に落ちる。
「ほんとうは、助けてほしいんでしょ?」
遥は、答えなかった。
ただ、目を閉じた。
その瞬間、すべての音が遠ざかっていった。
“助けて”と言えない自分。
“欲しい”と思っただけで罪になる世界。
そして、“汚れることでしか保てない”倫理。
「いいよ、罰。ちゃんと与えてあげる」
蓮司の声が落ちてきて、指が背中を這った。
その感触に、遥はふと、遠く昔の感覚を思い出していた。
誰かにされる痛み。
それを“自分が望んだ”と錯覚させられた夜。
「好きなら、いいんだろ?」と笑った兄の声。
遥の中で何かが再び砕けた。
そのまま、静かに崩れていく。